ERB評論集 Criticsisms for ERB


厚木淳「バローズとスペースオペラ」

秋元書房火星のプリンセス解説より

Sep 1968


 アフリカのジャングルを舞台に活躍する猿人ターザンのことは、みなさんもよくご存知でしょう。本書「火星のプリンセス」の作者エドガー・ライス・バローズは、その「ターザン・シリーズ」の作者でもあるのです。
 今から半世紀以上も前の1911年、アメリカの読物雑誌「オール・ストーリー・マガジン」に「火星の月の下で」という奇想天外な長編小説が連載され、サイエンス・フィクション(以下SFと略す)の面自さを知らなかった読者の話題をさらって圧倒的な好評を博しました。この小説の作者こそ誰あろう、当時まだ無名だったバローズで、この小説はのちに単行本として刊行されるさいに、「火星のプリンセス」と改題され、歴史的な「火星シリーズ」の第1巻となったのです。処女作の好評に力をえたバローズは、ひきつづき「火星シリーズ」の続編を次々に発表し、また、これと平行して「ターザン・シリーズ」や「金星シリーズ」などのSFや冒険小説を書きつづけ、アメリカ随一の人気作家となりました。「火星シリーズ」は全11巻、ターザン・シリーズは全24巻にまで達したのですから、その人気のほどもしのばれるというものです。
 ところでバローズの「火星シリーズ」は、スペース・オペラの代表的な傑作とされています。一口にSFといっても、怪獣ものやロボットもの、あるいは地球侵略のテーマとかタイム・トラベル・テーマなど、さまざまな種類がありますが、スペース・オペラもその一つで、日本語に訳せば宇宙活劇ということになるでしょう。これはヨーロッパの剣豪小説(たとえばデュマの「三銃士」)やアメリカの西部小説とを組み合わせたもので、地球の快男子が宇宙を股にかけて大活躍をする胸のすくようなSF冒険小説のことです。地球から単身、火星へ飛来し、妖怪変化のようなBEM(怪獣)を相手に縦横無尽の活躍をし、逆境にあって屈せず、義に厚く情にもろい本編の主人公ジョン・カーター大尉こそ、スペース・オペラ不朽の英雄といっても過言ではないでしょう。
 むろんスペース・オペラでは、ふつう他の惑星へ行くには、宇宙船を利用するわけですが、カーター大尉の場合は精神の一種の念力作用で瞬間に五億二千万キロ彼方の火星へ移動します。これもテレポーテイションといってSFではよく使われる方法です。ちょっとあっけないようですが、科学万能の世界においても、人間の精神力が、科学以上の働きをするという発見は魅力的ではありませんか。
 作者エドガー・ライス・バローズは1875年シカゴに生まれ、1950年75才でなくなりました。ジョン・カーターと同じように活動的な性格で、第二次大戦には老令にもかかわらず従軍記者として太平洋戦争に参加しました。その頃サイパンから日本本土爆撃に向かうB29の乗組員のなかにもカーター・フアンが多く、愛機の胴体に「火星のプリンセス号」と書いてあるB29もあったそうです。

注:この文章は厚木淳氏の許諾を得て転載しているものです。


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