エッセイ Essey for ERB's world


野生の英雄の旅立ち(2)
――ターザンが行き着いたところ

written by Hide

Dec 9,1997


『ターザンの復讐』は失敗作だった、と書いた。その考えは変わってはいないが、誤解のないように補足しておくと、「駄作だから読む価値がない」などと思っているわけではなく、むしろエンターテインメントとしてはバローズほどの作家の脂がのった頃の作品なのだからつまらないわけはないし、なんと言ってもターザンとジェーンのロマンスに決着のついた巻なのだ。これを読まずして後続の諸巻を読めようものか。それに忘れられない存在として、秘境オパルとラーが登場している。バローズの創造した女性キャラクターの中でももっとも魅力的なのは誰か? となると、これはもう悲劇のヒロイン、ラーしかいないわけで、その点だけでもこれは読まなければならない。しかも、ストーリイ面では多々問題を含んでいる『復讐』が後続の巻、ひいてはターザン・シリーズ全体に与えた影響には、小さくないものがあるのだ。以下に、その分析を披露する。

 ターザンという稀代の人気キャラクターを産み出したが故にその続編を書き続けることを義務づけられたバローズは、試行錯誤のままに第2巻を書いてターザンとジェーンのロマンスに一応の決着をつけると、続いて『石器時代から来た男』を書いた。これはタイムスリップもののSFで、現代にタイムスリップしてきた石器時代人が、アフリカのターザンの領地に迷い込んで恋人の生まれ変わりである現代女性に出会う、という物語である。ここではターザンは完全に脇役扱いであり、主人公の良き理解者、といった役どころをそつなくこなしている。また、第2巻のラストでジェーンとともに文明世界へ渡っているにもかかわらず、結局アフリカに戻り、領地と邸宅を所有するという、半文明人状態に設定し直し、またジェーンとの間には子供もできたことがわかるなど、「ターザンの行く末は心配いりませんよ」といいたいがための描写がそこかしこに目につく。明らかにバローズはこれ以上の続編は書きたくなかったのだ。
 しかし、そこは大衆作家の習性というか、バローズがどんなに望んでも読者と編集者は納得しないし、バローズ自身もその期待を裏切れない。悲しいサガというものである。しかし、同時にこのころのバローズはターザンと平行して〈火星シリーズ〉、〈地底世界シリーズ〉、さらには単発のSF小説、冒険小説、歴史小説などを書きまくっており、イマジネーションが次から次へとわき出してくる、作家としての絶頂期にさしかかっており、とてもじゃないが中途半端な仕事をすることに時間を費やすことなどもったいなくてしょうがないという状態だった。
 それでも『凱歌』ではそのもったいない仕事をすることになった。仇敵ニコラス・ロコフが脱獄してターザンの息子ジャックを誘拐するという物語は、第2巻のもっともルーチンな部分の焼き直しであり、見るべきところはない。しかしここで、バローズは知性を持った類猿人族の世界とターザンの関わりを描くという、第2巻ではなしえなかったエピソードを紡ぎだした。これほどターザンが生き生きできる場があろうか。バローズが大切なものを思い出したことは想像に難くない。ゴッタ煮万歳である。つづく『逆襲』ではそのジャックが類人猿の親友と文明社会に逆襲して、『石器時代へ行った男』で編み出した手法をターザン・ワールドに生かすという手を使い、さらには『密林物語』においてターザンの少年時代のエピソードを連作短編の形式で書き出したりもした。そして、『アトランティスの秘宝』が出るのである。ここで断っておくと、第6巻『密林物語』は発表順としては第5巻『アトランティスの秘宝』の前になる。
 この数巻の仕事は、作品のレベルとしてはバローズとしては決して高い方ではない。しかし、ターザン・シリーズを一貫した物語、作品群としてとらえた場合、無視できない要素がかなり含まれていることは、ここまでの解説でもわかるのではないかと思う。つまり、『類猿人』で創造したターザンのキャラクターを文明社会や類猿人社会との関わりを描きながら磨き上げ、成長させ、その活かし場所としては暗黒大陸の奥地にある秘境を用意するという、ターザン物語の基本が、ここで固まっていったのである。そして、その萌芽はすべて『類猿人』『復讐』の2作で登場していることも忘れてはならない。『復讐』で書いた文明人側からのアプローチと秘境の設定は、物語次第でターザンを活かす要素でもあったということなのだ。
 話を元に戻す。『ターザンとアトランティスの秘宝』で、ターザンは秘境オパルを訪問する。本格的な秘境ものへと移行する最初のステップである。そして『野獣王』『恐怖王』。ここに初期ターザンはひとつの到達点を見る。第1次世界大戦との関わりが強調されがちなこの連作は、ジェーンの誘拐と救出というパターンをあてながらも戦争という現実の文明社会最大の暗部に野生の英雄を対峙させることで数巻かけて培ってきたターザンというキャラクターの魅力と意義とを生き生きと描き出しており、読んでいて飽きない。
 ここにキャラクターとして確立したターザンは新たな活躍の場を秘境に求め、暗黒大陸の王者として君臨していくことになるわけである。

END


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