ERB評論集 Criticsisms for ERB


厚木淳「バローズとドイツ人」

創元推理文庫石器の世界ペルシダー解説より

Oct.1976


「地底世界シリーズ」も、いよいよ第5巻、リレー競技でいうならディヴィッド・イネス、タナー、ターザン、ジェイスン・グリドリーと、バトン・タッチされてきた今回の走者は、ドイツ帝国空軍中尉フォン・ホルストである。彼もまた、作者バローズが生んだ快男子の一人だが、注目すべき点はドイツ人であることだろう。「時間に忘れられた国」や「金星の独裁者」、あるいはターザン・シリーズの一部の作品に見られるように、バローズは、かなり露骨なドイツ嫌いである。これは第一次、二次の両世界大戦にドイツを敵として戦ったアメリカ人にみられる一般的現象で、あえて異とするにはあたらないが、そのバローズが、本巻では珍しくドイツ人、それも生粋のプロシア貴族出身と見られるフォン・ホルストを主人公に起用したことは、彼のその後の作品に徴しても異例のことといえる。この理由は何か、ということになると、推測の域を出ないが、本巻執筆当時(1935年にアーゴシー誌に連截、単行本は1937年)のドイツは、第一次大戦による皇帝ヴィルヘルム二世の退位後いわゆるワイマール共和国 に引きつづくヒットラー治世の初期に当たり、ドイツとしては、国際的にもっとも平和的、民主的志向を見せていた時期である。バローズが、そうしたワイマール共和国に共感を寄せ、従来の激烈な反独感情の代償として、フォン・ホルスト中尉を主人公(ヒーロー)に仕立てたと考えるのは、あながち見当ちがいではないように思われる。そう考えてみると、本書の4年後にバローズが「金星の独裁者」でヒットラーを完膚なきまでに愚弄した激情は、実は、またしてもドイツに裏切られたという憤怒からくるリアクションであることが納得できるのである。
 今回の物語は、前作「ターザンの世界ペルシダー」の第3章〈大虎の群れ〉へフラッシュ・バックして、マンモスと剣歯虎たちの凄絶な死闘の渦中で仲問からはぐれた主人公が、波瀾万丈の冒険のあげく、ついに地上世界の文明人から、石器時代のロ=ハール族の族長にまで変身する過程を描いている。次回の第6巻「恐怖の世界ペルシダー」では、ディヴィッド・イネスが再度、主人公の座に復帰し、本巻の最後を受けて、ロ=ハールからサリへ帰る途上に遭遇する数々の冒険――それも、かなり異色の冒険が語られる。
 なお、本書が1935年、アーゴシー誌に6回にわたって連載された当時の題名は Seven Worlds to Cobquer「征服すべき七つの世界」である。

注:この文章は厚木淳氏の許諾を得て転載しているものです。


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