ERB評論集 Criticsisms for ERB


小西宏「「火星シリーズ」を訳して」

創元推理コーナー SF特集号より

Sep.1965


訳者紹介 1929年生まれ、東北大学、一橋大学院卒業。主な訳書「第五惑星から来た4人」「SFカーニバル」SF関係訳書多数。現住所鎌倉市山ノ内四九三番地

 五、六年前、東京創元社から「大ロマン金集」が刊行されていた頃、少々古ぼけた紺クロースの洋書を小わきにした厚木淳さんにお会いしたことがある。談たまたま、その本におよんだところ、これはアメリカ版ライダー・ハガードですよ、と意昧ありげに微笑した厚木さんの顔が記憶にある。ハガードの怪奇・耽美なロマンスを愛することいまや人後におちないつもりのわたしも、著者が「ターザン物」を書いたひと、ということなので、その時はそのまま聞き流してしまった。後年流行したターザン映画のイメージが強すぎて、勝手に児童読物と受けとってしまったのは汗顔のほかはない。
 ところで、東京創元社から「火星シリーズ」全巻の翻訳依頼を受けたのは、今年に入って早々だが、第一巻から通読するや忽ち夢中になってしまった。ゆくりなくもハガードにも勝る興奮を覚え、前記した数年前の厚木さんとのやりとりを思い出したわけである。なるほど、これはまさに「大ロマン」と、呼ぶにふさわしいSF大アクション・ドラマであり、同時に、厚木さんが「大ロマン全集」に収録するのを断念した理由もわかったような気がする。けだし、このシリーズのスケールの雄大さ、主人公ジョン・カーターと不滅の恋人(ヒロイン)デジャー・ソリスの火星における冒険と活躍の数々は、いわば連作ものの常道として巻を追うにつれて並々興味が倍加し、単独で一、二巻を紹介したのでは、片手落ちの感をまぬかれないからである。SFということばにたいする偏見は、まだ意外に消えていないようだが、「火星シリーズ」の面白さは、そういう純粋のSF的興味以上に、波瀾万丈の手に汗にぎる事件の展開にあるのだ。つまり、現代の作品にその例を求めるならば、山田風太郎の忍法帖シリーズ・プラス・当今大流行の007号シリーズといっても、すこしも誇張ではないし、あながち見当ちがいにも なるまいと思う。さらにいうなれば、第一巻における卵生緑色人誕生の場面や、第二巻冒頭の吸血植物人間の描写のぶきみな迫真力は怪奇小説ファン(かくいうわたしもそうだが)をも十二分に堪能させることはまちがいない。
 訳者の弁としては、まことに要領をえぬ文章になったが、最後に一言、本シリーズに出てくる火星語の訳しかたについてお断りしておきたい。作者のバローズは、作中でさまざまな火星語を造語しているが、その意味は火星語辞典で、厳密に英語で定義づけられている。たとえば Jed(ジェド)=King(キング・国王) Jedak(ジェダック)=Emperor(エンペラー・皇帝) というぐあいである。したがって翻訳では、多少、大時代的な感のする訳語も、すべて作者の注解にしたがって訳出し、訳者の恣意は加えていない。こうした点は、いずれ機会を見て、まとめて書くつもりである。


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