ERB評論集 Criticsisms for ERB


野田昌宏「『火星シリーズ』のなりたち」

鶴書房刊火星のまぼろし兵団』より

Jun.1975


 この『火星のまぼろし兵団』を書いたエドガー・ライス・バローズという人の名前を聞いたことがなかったとしても、あなたは〈ターザン〉を知っているでしょう。赤んぼうのころ、アフリカの密林で両親と死にわかれ、類人猿に育てられ、やがて密林の王者として大活躍する青年ターザンの物語を書いたのが、ほかならぬ、このエドガー・ライス・バローズなのです。

 この『火星のまぼろし兵団』は、もともとこれだけで独立した小説ではなく、一般には〈火星シリーズ〉と呼ばれている、全11巻からなるシリーズの第4作目にあたる作品なのです。この作品はプタルス国の王女スビアとヘリウム国の王子力ルソリスが主人公となっていますが、このカルソリスの父親にあたる火星大将軍ジョン・カーターという人物が、全シリーズを通しての主人公です。
 この人のことと、それからこの〈火星シリーズ〉全体のなりたちを知っておくと、『火星のまぼろし兵団』を読むおもしろさはいちだんと深まりますので、ここではそれを少しくわしく紹介しておきましょう。

 ジョン・カーター、つまり『火星のまぼろし兵団』の主人公カルソリスのおとうさんにあたる男、火星に並ぶものない武芸の達人とされ、火星の大将軍―という名で呼ばれているこの人は、もともとは地球生まれのアメリカ人なのです。
 いまから百年以上まえ、1861年から1865年にかけて、アメリカでは国民が北と南にわかれて戦った、南北戦争と呼ばれるはげしい戦争がありました。この当時のアメリカ大統領(北側)が有名なリンカーンであったことはごぞんじのかたもあるでしょう。この戦争は結局北側が勝ったのですが、負けた南軍の士官にジョン・カーターという青年がいました。南北戦争に負けたので南軍は解散させられ、だからといっていまさら北軍に入るのも虫のおさまらぬかれは、さっぱりとその地位を捨てて、友人とともにアリゾナ州(アメリカのずっと西寄り)の山の中で金鉱をさがしまわります。
 このジョン・カーター大尉について、作者のエドガー・ライス・バローズはこんなふうに書いています。
 ――大尉は男の中の男だといってよかった。背は一メートル九〇以上もあり、肩はがっちりと広く腰はすらりとしており、いかにも鍛えに鍛えあげられた軍人という感じだった。
 ――大尉の乗馬については、馬の達人が多いこのあたりでもみんながびっくりするほどだった。その乗りかたの大胆さには、わたし(バローズ)の父も注意するほどだったが、かれは笑いながら「ぼくが馬から落ちて死むことなんかないよ。ぼくを落とせる馬なんていないからね」と答えるのだった……。
 アリゾナの山中で金鉱をさがしてあるくこのたくましいジョン・カーター大尉は、ある日、インディアンのアパッチ族におそわれ、友だちは殺されてしまい、かれだけはやっとのことで洞穴のなかへ逃げこむことに成功します。そしてひどいつかれのために、まもなく、ぐっすりと眠りこんで、しまったのでした。
 そして、はっと目をさましたとき、かれの体はなぜか、石のように固く麻痺していて、指一本動かすことはできないのです。どうやら、洞穴にたまっていた特殊なガスが原因のようでした。かれは、なんとかしなげれば――と必死で努力するのですが、とつぜん、針金が切れるような音がして、はっと気がつくとかれは洞穴のなかに立っていました。そして、なにげなしに下を見おろすと、そこには、かれの体がよこたわっているではありませんか……! よこたわっているかれは服を着たまま、立っているかれは真ツ裸です。
 ジョン・カーターはそのまま洞穴の外へとび出します。すばらしい月夜でした。地平線近いところに赤い星――火星がかがやいています。昔から火星という星は戦争の神さまとして知られており、軍人だったかれは、その火星につよいあこがれを抱いていました。洞穴から出たかれがうっとりとその火星を見つめていますと、とつぜん、かれの体は、まるで磁石が鉄を引きよせるように、火星へ向かって吸いこまれるような気がして、あたりはまっ黒になってしまいます。そしてはっと気がついてみると、そこが火星――だった、というわけです。
 かれは、そこでさっそく火星人につかまってしまいます。これが本書にも出てくる緑色人ですが、12メートルもある槍をつき出され、あぶない!とおもわずとびあがったところが、な
んとかれの体は10メートル以上も高くはねあがるではありませんか……。
 火星は地球にくらべてずっと小さな惑星です。体積にして地球の約7分の1、質量は地球の10分の1、重力は3分の1強しかありません。ですから、地球人であるジョン・カーターは体重も3分の1強しかないわけで、そんなに高くとびあがれる――というわけです。もちろん、地球より3倍も重いものを持ちあげることもできます。
 ジョン・カーターが火星で大将軍としてみんなに尊敬されるようになったのは、かれが勇気と正義感にあふれた青年であったからにはちがいありませんが、それと同時に、けたはずれに身軽な行動をとることができ、ものすごく重いものを持つことができたことも、その大きな要因だったのです……。
 さて、ジョン・カーターは、この緑色人たちの仲間に入ることとなり、その指導者であるタルス・タルカスとの友情は火星シリーズ全11巻を通して消えることはありません。
ある日のこと、かれらの村は、他の種族の空中船による猛烈な攻撃をうけました。しかしかれらも負けてはいません。たちまちその一隻を撃ちおとし、積んであった武器や貨物を略奪し、乗組員を生け捕りにします。
 そのなかに、ひとりの美しい赤色族の娘がまじっていました。ヘリウム王国の王女デジャー・ソリス。彼女は誘拐されてこの船に乗せられていたのです……。
 ジョン・カーターとタルス・タルカスはさまざまな危機をおかしながら、王女をヘリウム王国まで送りとどけ、ジョン・カーターは王女デジャー・ソリスの夫としてヘリウム王国に住むこととなり、やがてヘリウム王国の皇帝の位につきます……。
 この二人の間に生まれた男の子が、ほかならむこの『火星のまぼろし兵団』の主人公カルソリスというわけなのです。

 火星シリーズは全部が日本語に訳されており、小学校の上級以上なららくに読めるのではないでしょうか。また、高校に入れば、英語で読むこともできるとおもいます。その日のために、英語の題名も書いておきましょう。

〈火星シリーズ〉全11巻 *カッコ内の数字は作品のできた年

  1. A Princess of Mars(1912)「火星のプリンセス」
  2. The Gods of Mars(1913)「火星の女神イサス」
  3. The Warlord of Mars(1913)「火星の大元帥カーター」
  4. Thuvia, Maid of Mars(1916)「火星のまぼろし兵団」
  5. Chessman of Mars(1922)「火星のチェス人間」
  6. The Master Mind of Mars(1927)「火星の交換頭脳」
  7. A Fighting Man of Mars(1930)「火星の秘密兵器」
  8. Sword of Mars(1934)「火星の透明人間」
  9. The Synthetic Men of Mars(1939)「火星の合成人間」
  10. John Carter and the Giant of Mars(1941)「火星の巨人ジョーク」
  11. Llana of Gathol(1949)「火星の古代帝国」

(4.9は鶴書房刊「SFベストセラース」に収録。その他は「創元推理文庫」)


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