ERB評論集 Criticsisms for ERB


野田昌宏「SF英雄群像は死なず」

「文藝春秋デラックス 宇宙SF(スペース・オペラ)の時代」収録記事

Feb.1978


バローズの登場まで

 さて、1982年の12月、アメリカではじめての子供向け週刊読物雑誌〈ゴールデン・アーゴシー〉が現われる。そして、1988年には〈アーゴシー〉と改題して内容も大人向けに変った。これが世にいう、パルプ雑誌のはしりである。紙質がわるく、ちょっと水に濡れたりするとドロドロ(pulry)になってしまうところからそう呼ばれ、大きさが7インチ×11ンチ(17.5センチX25センチ)だったことから、今もこの大きさの雑誌をパルプ・サイズと呼んでいるが、百年近くも経ったこの時代のパルプ雑誌は、脱硫が不完全だとかで炭化が進み、保存の悪いものなどは暗褐色のパイの皮みたいな状態と化し、これがまた日本に入ってくるとき、血も涙もない税関検査で散々に痛めつけられ一、私の書庫に到着する時はもう粉々になる寸前……という始末である。
 それはともかく、1894年に月刊となったこの〈アーゴシー〉にはパスカル・グルッセの〈月世界征服〉連載をはじめ、いろいろと見逃せない作品も多く、1905年に姉妹誌として創刊された〈オール・ストーリー〉共々、その完全揃いはファンの間におそろしい高値を呼んでいる。
 それでその〈オール・ストーリー〉なのだが、1912年の2月号からひとつの作品の連載がはじまった。〈火星の月の下で〉。作者はエドガー・ライス・バローズ。こういっておわかりでないかたも、つづいてその秋に掲載された作品のタイトルを聞かれれは、あァ、なるほど――と思われるだろう。〈猿人・ターザン〉である。
 アメリカのマス・カルチュアを考えるときに必ずといってよいほどあらわれる、あのターザンの創造者バローズは、SFの世界でも、絶対に見逃すことのできないひとりのヒーローを生み出した。これがジョン・カーターである。「背はかるく1メートル90を越え肩幅はがっしりと広く、腰はほっそりとしまっていて、身のこなしはいかにも鍛えあげた軍人らしかった。容貌は端正で眉目秀麗、髪は黒く、短く刈り込まれている。いっぽう、眼は鋼鉄のような炭色で火のようにはげしく、進取の気性に富んだ強い誠実な性格をうつしだしていた……」(小西宏の訳による)

 このジョン・カーターは南北戦争当時、南軍の大尉だったのだが、戦後、当然のことながら職を失い、友人と共に金鉱を求めてアリゾナの山中をさまよううち、兇悪なインディアンに襲われ、洞窟のなかに追いつめられてしまう。そして絶体絶命の思いで地平にかかる赤い星を見つめるうちに、とつぜん、体が吸い込まれていくような感覚に襲われ……気がついてみると、火星にいた――というわけである。

ユニークな火星人たち

 そもそも、地球人が火星に眼を向けはじめたのは17世紀中頃のこと、手製の望遠鏡で火星を観測したホイヘンスやフックは火星表面の模様を発見しており、19世紀になって、ハーシェルは極冠の季節変化を観測している。そして1877年と79年の二度にわたる火星大接近のとき、スキャパレリがその観測報告のなかで、火星表面に見られる条痕の意昧で使った“カナリ”というイタリア語を、英語にするとき、“運河(カナル)”の意昧に誤訳してくれた人がいた。
 運河――といえば人工のもの、つまり、火星には運河を作った火星人がいる……。スキャパレリだけではなく、ローウェルやダグラスの観測報告にも、“なにか”が火星にいる可能性を示唆していたとはいえ、火星人というものがこんなにもわれわれの身近な存在となった大きな原因は、まさにその誤訳にあるといってもよいだろう。
 この運河――というイメージから、〈宇宙戦争〉を書いたH・G・ウエルズは高度の智能をもつ例の蛸型火星人を創造し、かの発明王エジソンを火星に攻めこませるという〈エジソンの火星征服〉を書いた、G・P・サービスは、身の丈三メートルもある巨人型火星人を創造した。
 ところが、このジョン・カーターのたどりついた火星の火星人というのは地球人そっくり、これが真ッ裸で八本足の馬を走らすかと思えば小型飛行艇を乗り回し、大ダンビラを振り回すかと思えばレーダー付きのラジウム銃をぶっぱなす。しかし、女はみんなグラマーでポイン、しかもすばらしい美人揃いどきているのだから、かなりユニークな火星人である。
 ただでも豪雄無双のジョン・カーターのこと、これが重力の小さな火星上で暴れまわって勝てなければおかしい。たちまち弱きを助け強きをくじき、ついに火星人の姫君を妃として皇帝の位につく――というこの物語は大変な反響を呼び、1943年までに単行本で計11冊のシリーズとなり、いまだに熱烈なファンをあつめている。パランタイン・ブックスから、バローズの火星世界のガイド・ブックや火星語辞典が出ている事実だけでも、その人気の大きさはわかっていただけるだろう。
 女はつねにやさしく美しく、男はつねに強くたくましく……、いってみれば大時代で単純な火星世界だが、ただ、それだけのことで11作ものシリーズがもつわけがない。
 お読みのかたはおわかりだろうが、拷間とか火あぶりとかいったおどろおどろしい事件をはさんで、テレポート、テレキネシスから脳移植、人工生命まで、ほとんど、SFのすべてのパターンが盛り込まれているといっても過言ではない。ないのはタイム・トラベルくらいのものだろうか……。
 こんなところから、私は、このジョン・カーターにもスペース・オペラの匂いを強く感じないではいられない。
 バローズは他にも、地底世界で活躍するダビッド・イネス、金星で暴れるカースン。ネピアなど数人のヒーローを世に送っている……。


ホームページ | 語りあおう