ERB評論集 Criticsisms for ERB


野田宏一郎「SF英雄群像(2)
ジョン・カーター
エドガー・ライス・バロウズ作」

空想科学小説誌 S-Fマガジン 1963年10月号

Oct.1963


 窓を明けて空をごらん。数百万キロ彼方のあの赤い星にもたくさんの人が住んでいて、恋をしたり殺し合ったり、そこもまた愛憎の巷なのだ──という設定は、いってみれば大時代かもしれないが、バック・ロジャーズとならび称されるジョン・カーターものは今日でも充分にたのしめる最高級の作品だといい得よう。作者エドガー・ライス・バロウズ──といって御存知でない方も、ターザンの作者だといえばなるほどと思っていただけるに違いない。
 アメリカにおけるバロウズの人気たるや大変なもので、シャーロック・ホームズ・ファンのベイカー・ストリート・イレギュラーズのように、愛好家によって組織されている Burroughs' Bibliophile というのがあり、作家、ファンなぞがたくさん名をつらねている。
 実はかく申す私もその末席に連なっている。また作品に関する資料が完備していることも、特筆にあたいする。
 B.M.Dayの編集になる作品目録、J.Harwoodのバロウズに関する評論の目録なぞは、大変な労作であり、他のSF作家にその例をみない。
 彼の全作品百六十編は御存知ターザン、それにこれから紹介するジョン・カーター、金星で活躍するカースン・ネイピア、地底で活躍するダヴィッド・イネス、等々のシリーズに別れているが、その中で人気を二分しているのが最初の二人である。前記グループでの人気投票によると、その四十八パーセントがターザン、四十四パーセントがジョン・カーターとなっている。
 エドガー・ライス・バロウズは一八七四年生、職を転々としてはいつもしくじり、妻子をかかえての窮乏のドン底で、苦しまぎれに『火星の月の下で』 "UNDER THE MOONS OF MARS" を書いたのが一九一二年。オールストーリー誌に売れたのがツキのまわり始め、これがいわゆるジョン・カーターものの第一作、のちの『火星の王女』“PRINCESS OF MARS” で あ る が、翌年書いた『類人猿ターザン』“TARZAN OF APE”が大当りをするに至って、彼の名は不動のものとなった。一九一九年にカリフォルニア州に彼が買った牧場の一帯は、彼を歓迎した住民たちによってのちにターザナと改名され、今日に至っているほどの人気なのだ。
 彼の生前、その作品はすべてバロウズ出版社から刊行されていたが、五十年彼の死後まったくふるわず、古本でしか入手できない時期があった。これはまたその時期が、いわゆる第二期のSFブームとぶつかったことにも起因する。
 次々と新らしい作家が、様々なアイデアをひっさげて登場したこの時代には、クラシックを評価する余裕はなかった。自然日蔭におかれてしまう。ブームがおさまって本物がはたして何であるかが考え始められる時代になって、ふたたび読まれることになる。バック・ロジャーズものがアメージング誌に発表されてから実に三十年ぶりに単行本になったのと、ほぼ時を同じくして、バロウズの作品が米英いくつかの版でどしどし刊行され始めたことは、当然とはいえまことによろこばしい現象だといわねばならない。
 バロウズについで紹介しなければならないことは、まだたくさんあるが、別の機会を待とう。

 ジョン・カーターものの面白さを一言に要約するならば、地球とはまったく異質の文明社会の構成のちみつさと、そこを舞台にくりひろげられる様々な事件にもり込まれでいるイマジネーションの振幅の大きさだ、といえるのではあるまいか。
 太古には満々と水をたたえ舟の行き交った火星の海も、今や赤茶けた肌をさらし、そこに住む人々は、工場から放出される人工の空気によって生きている。火星には群雄が割拠していた。地球人そっくりの美男美女もいれば、身長十五フィート四本腕で緑色の肌をしたのもいる。いずれも卵生である。八本足の馬をのりまわし、四十フィートもある銛をふりまわす。
 四十才になると成長はとまり、あと一千年ほども生きる。一千人に一人ほどが病気で死に、二十人ほどがイス何の彼方、楽園があるといわれているあたりに巡礼に出かけるが一人も戻ったものはいない。後の九百七十九人は決闘か戦争で死ぬが、火星に住む巨大な白い猿に喰い殺されるものも多い。食料は全部化学合成、十本足で蛙みたいな顔をした犬を大切にしている──とざっと書いただけでもちょっとしたものだが、まだほんの序の口。
 観念を具象化する能力をそなえた二人の豪傑が、双方数十万の幻の兵をくり出して展開する大戦闘だとか、首のない生物に寄生してテレパシーでそれを操縦する生物だとか、巨大な将棋盤の上に武装した戦士を配置して女をとり合う戦争だとか、よくもここまでと思うほどふんだんに出てくる怪物が入りみだれての物語の数々には、息をもつかせぬ面白さがある。こんな中に突如とび込んだ地球人がどんな風に順応し、火星人がどの様にうけとめるか。ほぼ地球と同等の文明をもちながら、完全な弱肉強食であるこの世界にジョン・カーターが持ちこんだ様々な現象、たとえば『武士のなさけ』なぞ、がどんな風にうけ入れられ、そしで彼が尊敬のまととなって行くか についでは、やはり全編を読んでいただかねばならぬと思う。

 一八六六年──南北戦争終結の年。南軍のジョン・カーター大尉は当然その地位をうしない、友人と共に探鉱者としてさまよううちアリゾナで金鉱を発見したのもつかの間、インディアンにおそわれて友人は即死、彼もまた絶体絶命の窮地に追い込まれてしまう。
 そのとき、ふと彼は異様な気分におそわれ、気がついてみると、いつの間にか火星にテレポートされていた。四本腕、緑色のタルク族のとらわれの身となり、首長のタルスタルカスと友人になるのだが、同じように軟禁されていたヘリウムの王女デジャー・ソリスと脱走、様々な危難をきりぬけて彼女を無事送りとどけ、やがて二人は結ばれて幸福な十年をすごすのである。
 しかし空気工場に突然起った事故のため、空前の危機に直面した全火星を救おうと、単身事故現場におもむいた彼は、その放射能のためか再び地球にテレポートされてしまう──というのが第一作のごく大ざっばな荒筋。
 アリゾナの山中でまた自分の体に戻ったものの、火星への思いはつのるばかり。十年目にようやく願いがかない、再びテレポートされたのは火星の山中、あたかも親友タルスタルカスは植物人間の一団にかこまれ苦戦の最中であった。身長十二フィート、顔はのっぺらぼうでダラリと象の鼻のように下った両腕の先に眼があって、六フィートほどもある尻尾をおそるべき敏捷さでふりまわし、近寄るものをたたきつぶす……。
 二人は辛うじてそのかこみをのがれるが、古来火星人が楽園を求めて巡礼に出るイスの谷には、実は人を喰う怪物が巣食っている事実を知る。一人としで巡礼から戻ったものがいないというのは実は──。しかもカーターを求めるデジャー・ソリスはその方角へ向ったらしい……というのが第二作『火星の神々』“THE GODS OFMARS”
 一冊二百ページ近い長編全部の荒筋を限られた紙面で紹介するのは無理だが、中にはカーターの息子カルソリスや娘タラの活躍する長編もある。(前者は第四作『火星娘スビア』“THUVIA,MAID OF MARS”後者は『火星のチェス人間』“THE CHSSMEN OF MARS”)
 バロウズの作品はみんなそうだが、このジョン・カーターものにも彼自身の創造した火星語がふんだんに使われていて、版によっては火星語の単語集がついている位である。最初はいささか煩わしいのだが、読み進むうちになにか特有の世界がぴったりとつくられてきて、大変たのしいものである。
 それからもうひとつ、ジョン・カーターものを読むための地図もつくられている。この試みは随分前からあったが、今度F・J・ブリュッケルの手になる決定版が出た。もちろん作品から帰納的に位置を定めたものだが、これによるとジョン・カーターの故郷(?) ヘリウムは日本にもたくさん地主がいる〈太陽の湖〉地区の南西部にあたっている。近日中に、今度はジョン・カーターの主要な戦闘が行なわれた地帯の地形図が作られるというから、これが出ると一段と面白くなることであろう。
 ところで限られたページでなんとかジョン・カーターものの味をわかっていただくため、出来るだけみじかい作品をと『ジョン・カーターと火星巨人』“JOHN CARTER AND THE GIANT OFMARS”をえらんでみた。この作品は内容から行くと第一作の後半あたりに入るものであるが、実際に書かれたのは第一作より二十九年後、一九四一年で、かなり出来のよい面白い作品である。

「巨大な火星馬がやわらかな苔をふんで歩いて行くのを、二つの月はしずかに見下ろしていた。八本の足は力強くまるで踊るような足取り。道筋は背中にまたがっている二人のテレパシーによって導かれていた……。
 東の空が白み始めたばかり、森の中はまだ暗く夜露にしっとりとぬれている。
 デジャー・ソリスの白い手がジョン・カーターのたくましい赤銅色の肩にふれるとき、その感触が彼女にひそかなよろこびをさそうのであった……」という書き出し。
 火星を割拠する王国のひとつヘリウムは、第一話でその王女デジャー・ソリスをジョン・カーターが救ったのが縁となり、今では彼はヘリウムの戦士として枢要な地位をしめている。
 今日もこうして、ヘリウム王室の農場の巡視に出かける彼女の護衛として、行を共にしているのである。ところが突然樹上からおそいかかってきた巨大な爬虫類と猛烈な格闘となり、ようやくのことで退治して気がつくと、デジャー・ソリスの影も形もない。とにかく大急ぎで王宮にとって返すと、ヘリウムの王であるデジャー・ソリスの祖父のところに脅迫状が来ている。
 『火星最高の王者ピュウ・モゲルは、ヘリウムの全鉄鋼業を手中におさめる決心をした。三日以内に引き渡さねば、王女の命はないと思え』
 ところでこのピュウ・モゲルという奴がいったい何者なのか、知っている者は一人もいない。しかし事態は予断を許さない。カーターは親友で緑色の大男、サルク族の首長タルス・タルカスらと手別けして、それぞれ小型飛行機で捜索に出発する。
 間もなくタルス・タルカスからの急報、ヘリウムの東部にある古代都市の遺跡内で、王女を発見したという。カーターはもちろん急行するが、タルス・タルカスとは会えず、おそってきたゴリラほどもある白猿をやっつけてほっとする間もなく、あらわれたのは、なんと百三十フィートもある大男、あっという間に捕えられ、遺跡の一室に放り込まれてしまう。
 すきを見て地下の下水道への脱出に成功したのもつかの間、ミイラ化した男女が居並ぶ古代の地下牢の暗闇に光る眼、眼。
 これこそ兇悪をもってきこえる三本足の巨大な火星ねずみ。後をふり返るとそこもまた眼。半時間ほどカーターは死にもの狂いで戦った。火星ねずみの死体は山をなしたが、次々と新手をくり出してくる。ついに彼はまるで蛇のようなしっぽの猛烈な一撃をくらい、ぶっ倒れてしまう。気がつくとねずみの大王の前にひき出されており、人喰いのお祭りが始まる。
 まわりには飢えた眼、もはや絶体絶命、踊りも段々とはげしく妖気を帯びてくる。突然踊りが止まった。大王が玉座から下りてくる。
 もう一度、カーターはなんとか逃げ道をさがそうとした。彼が天井を見上げたのはこの時である。五十フィートもある天井から脱走を試みるものがいるなぞとは、どんな火星人も考えなかったであろう。だが彼は地球人、しかも万能スポーツ選手。火星のGは小さい!
 彼はじっと時期を待った。
 牙をむき出したねずみ大王はカーターの目前にせまった。
「彼は刀の柄に手をかけて待った。撥止! うなりを上げた刀は大王めがけて振り下ろされた。瞬間にぶい音がしていやな匂いが鼻をさしたと同時に、大王の首は宙をとんで床におちた……」
 バロウズの文章は、こういったシーンになると俄然迫力をおびてくる。
 混乱状態におち入ったねずみ共を尻目に、命がけのジャンプに成功した彼が、再び地下道をたどって行きついたのは広大な研究室らしい部屋。巨大なガラス箱がいくつも並び、その中には例の白猿が一匹ずつ入っている。床に掘られてある大きな穴の中にはおびただしい火星人の死骸、しかも彼等の頭頂部にはパックリと大きな穴が……。
 太古に見捨てられたこの廃墟の地下にいったいなぜこんな研究室が、それにこの死骸、あの大男、いやそんなことよりデジャー・ソリスは、タルス・タルカスは?……
 「ジョン・カーター、そのドアを開けてこっちに来い!」突然奇妙な声が部屋中にこだました。どこかにスピーカーがあるらしい。
 次の部屋の正面には玉座があり、不格好な男が坐っていた。小さなまる頭がごつい肩にちょこんとのっていて、両手両足の大さや長さがまちまちである。足元には一匹の白猿がうずくまっている。
 「とうとう来たな、お前がやってくるのは、全部テレビで見ておったぞ」
 「デジャー・ソリスはどこだ!」
 「あせるな、会わせてやる。それより前に昨夜お前と会うはずだった奴と会え」
 ドアが開き、鎖で縛り上げられたタルス・タルカスがひき出された。
 「貴様達の無線はみんな傍受していたのだ。どうだ、あの大男は? 俺の智脳のすばらしさを見ろ、火星最大の怪物だぞ。あいつ一匹に火星人を一万人ほども材料にしたんだ」
 突然タルス・タルカスは大声で笑い出した。
 「おい、ピュウ・モゲル、自分であいつを作ったなんぞといばってるが、お前だって作りものだろう。おいカーター、このできそこないはごちゃまぜの材料桶から這い出してきやがったくせに、火星の王だのとわめいてるんだ」
 「だまれ!」ピュウ・モゲルはタルス・タルカスの横面をいやというほどハリとばした。
 「失礼した。ちょっと頭に来たもので。俺の格好が出生の秘密を思い出させる。今白猿を訓練中なのだ。いずれ俺のすばらしい脳を、それにふさわしい体に移殖するから」
 「そうか、するとお前はラス・サバスの合成人間だな」
 「そうだ。そして俺はラス・サバスの技術をぬすみ出してここにやって来た。さらって来た火星人の脳は白猿に移殖して、残った部分を使ってあの巨人をつくっているのだ、どうだわかるか、彼等で編成した軍隊がどんなにおそるべきものか」
 このラス・サバスというのは第六作『火星の支配心』"THE MASTER MIND OF MARS"の主人公で、人間改造専門の医者である。さる王女の脳を醜悪な老婆に移殖することから起る騒ぎがその筋になっているのだが、これはまた別の機会に紹介したい。
 「だが戦争をしかけるにはまだ武器が不足だ、武器をつくる鉄が不足だ。だから平和的に、王女とひきかえに鉄をもらおうと思ったのに馬鹿めが……。しかしもう一度だけ機会を与えてやるとしよう」
 ピュウ・モゲルが合図をすると、鎖にしばりつけられた若い女があらわれた──デジャー・ソリス。
 カーターは彼女の方にかけよろうとした。
 ところがどうしたことか、その中程のあたりで、彼は突然電気に打たれたようにハジキとばされたのである。ピュウ・モゲルが笑い声を立てた。
「馬鹿め! 俺の大発明を知らぬな。超硬ガラスのバリヤーだ。そこからお前はあの王女がなぶり殺しにされるのを見物するわけだ。もし俺のいい分を聞けば話は別だがな」
 ピュウ・モゲルが合図をすると、白猿はあらあらしく彼女の髪をつかみ、その厚ぼったい唇を彼女の……。
 カーターはなんとかバリヤーをやぶろうと死にもの狂いで体あたりをくり返すが、いかんせん生身ではどうしようもない。
 その時彼は指にはめている指輪に気がついた。ダイヤモンド! 素早く力いっばいガラスにきずをつける。ありったけの力でぶつかる。果然、ガラスは破れた。ピュウ・モゲルを守ろうと白猿がおそいかかってきた。人間の脳だけに始末が悪い。ここで約二ページ半にわたって死闘がつづくのだが、残念ながら省略して、
 「……白猿がよろめいた、チャンスをつかんだ彼はふたたび跳ね上ると、今度は白猿の胸めがけてとび込んだ。ぶつかる瞬間彼は力一ぱい足を伸ばして蹴飛ばす。はずみのついた全身の体当りに窓からはじき出された白猿の凄まじい叫び声は、はるか下の地面に激突するまでつづいた……」
 だがピュウ・モゲルにおそいかかろうとしたのもつかの間、窓からぬっと入ってきた巨大な腕にひとたまりもなくつかまり……。
 三人は檻に入れられたまま、穴の中につり下げられてしまった。そして彼等のはるか上空をピュウ・モゲルの空軍、それぞれ白猿がまたがったマラゴールという大きな鳥の大編隊がヘリウム目指して飛んで行く。
 檻がつるされている穴の中には、やがて、水が流れこみ始め、水中には食肉性の昆虫類が彼等をねらってひしめき合っている……。あわやというところで、またもやカーターの超人的な働きで脱出に成功、ひとまずタルス・タルカスの領地に逃れるのである。
 空陸両軍にとりかこまれたヘリウムは今や風前の灯、タルス・タルカスの軍勢がさっそく救援に向いはしたものの、大男は不死身、制空権は握られっばなしでは手も足も出ない。ヘリウムから辛うじて飛来した飛行機がすこしあるきりで戦局はまったく絶望的であった。長い沈黙のあとカーターは口を切った。
 「ひとつだけプランがある。飛行機をあつめろ。最少限の機器と人員以外は全部おろせ。そして一機についてパラシュートを二百個ずつ積め。俺が帰ってくるまで戦えるだけ戦ってろ」そういい残すと十数機をひきいていずこへか出発した。
 その間も戦局は悪化の一途、ヘリウムに彼等が侵入して大虐殺が始まるのは、もう時間の問題だと思われた。やがて帰着したカーターから計画をきいた皆は首をかしげた。
「無駄だ、貴方の自殺行為にすぎない」
「君達や、君達のこの美しい星を救うため残された手段はもはやこれだけだ。いいな、打ち合せ事項だけは守ってくれ」
 デジャー・ソリスの涙なからの見送りを背に、彼は単身小型機を駆って前線へ向うのである。
 まさか小型機が一機で司令部の真上からつっ込んでくるなぞ考えもしなかったピュウ・モゲルたったが、カーターはその裏をかいて巧妙に速度を修正しながら接近し、見事突入に成功した。くしゃくしゃになりた機体からとび出した彼は長剣を抜き放つ。
 「ピュウ・モゲル、武器をとれ!」
 無線で巨人に指令を与えていたピュウ・モゲルは受けて立つ。
 ちょうどその頃。空一面整然と編隊をくんでいたピュウ・モゲルの空軍、マラゴールの大群は突然大混乱におちいった。乗っている操縦者の指令も聞かばこそ、算を乱して逃げようとする。その中にフラリフラリ、パラシュートをつけて下りて来るのが例の火星ねずみ、マラゴールの大の苦手であった。いうまでもなくカーターがあの地下牢で煙いぶしでつかまえてきたものを、打ち合せ通りタルス・タルカスが投下したのであった。
 これが転機となった。タルス・タルカスの軍勢は一斉に攻撃を開始する。
 司令部ではカーターとピュウ・モゲルが力闘中、しかししょせんカーターの敵ではない。切りおとされたピュウ・モゲルの首はしばらくはわめいていたが、胴体が逃走してしまっては如何ともしがたく突然死んでしまう。彼は無線機にとびついて大男に命令を下す。
 「戦いを止めろ、武器を捨てて森へ帰れ……」
 おそいかかる勇猛なタルス・タルカスの部下を片端からなぎ倒していた大男は、突然武器を捨てて、わき目もふらずに森へ向って歩き始めた。折しも司令部にとび込んできたタルス・タルカスが、なぜあの大男を殺さないのかとくってかかるとカーターは答えた。
「今度の戦いの原因はあいつではない。ピュウ・モゲルだ。あいつには何の罪もない。ピュウ・モゲルが死んだ以上もう危険はない。
逃がしてやれ」遠く森の方へ歩いて行く巨人の後姿を見送りながらタルス・タルカスはしずかにうなづいた……。
「ヘリウムの街は勝利にわき立っていた。王宮のバルコニーには夜おそくまで語りあう二つの影があった。二つの月の光が山々や林をやおらかく、まるで夢の様につつんでしまった様に、二つの影をもまたいつしかひとつにしてしまったのであった」

 大変はしょったが、これがその荒筋である。
 続々再版され姶めたバロウズの作品を、今日とんな風にうけとめるか──それは一人一人の問題だろうし、それを論ずる余地も今はない。
 どうしても紹介しておきたい話がひとつだけある。バロウズ愛好家達の機関誌"BURROUGHS' BULLETIN"に出ていたファンの記事である。
「ノルマンディーの上陸作戦に参加した私があの悪夢のような日々をまがりなりにも生きてこれたのは、正にジョン・カーターのお蔭であった。こんな時ジョン・カーターならどうするだろう、お手本はジョン・カーターだそ、そんな思いの数々が私を支えてくれたのである」
 同じ頃、そのジョン・カーターの作者バロウズはアメリカ中最年長の新聞特派員として、ブーゲンビルからマリアナに至る一連の作戦に従軍していたのであった。
 そして一九五〇年、彼が死去するその寸前まで、自分がターザンやジョン・カーター産みの親である事実以上に、彼はその経歴をほこりにしていたといわれる。

comment

日本にSF作家、火星シリーズの作家としてのバローズが紹介された歴史的文書。その割に、内容は濃く、また、精緻です。さらに、熱い。野田氏の並々ならぬ情熱がほとばしっています。後年、多くの児童書版『火星のプリンセス』や、創元推理文庫版の解説などに飽きるほど引用された元ネタが嫌というほど詰まってるんだけど、あとから読んでも飽きが来ない。やはり、情熱ですね。

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