ERB評論集 Criticsisms for ERB


世界のSF文学総解説
超想像の世界に飛翔するSF名作事典


自由国民社/1991.1.30改訂版


火星を舞台に野性を回帰した誘拐と救出のロマンス
火星シリーズ ほか
"Mars Series"
エドガー・ライス・バローズ作

内容のアウトライン…

●火星シリーズ
 南北戦争が終結し、職を失った南軍大尉ジョン・カーターは友人とともに金鉱を求めてアリゾナ山中を徘徊するが、その時アパッチ族の襲撃を受けて友人は殺され、力ーター自身も洞窟に追いつめられてしまう。しかしその夜、火星の不思議な力によりカーターの精神は肉体を離脱し、ふと気がつくと彼は火星に降り立っていた。
 火星(バルスーム)。――そこは、地球とは格段に発達した科学力を背景に、地球人そっくりの赤色人や四本腕で身長が四メートルもある緑色人たちが互いに戦いを繰り広げる戦国の世界だった。すぐさま火星の原住民サーク族(緑色人)に囚われるが、地球と火星の重カ差から生ずる驚異的な跳躍力のお蔭で命拾いしたカーターは、彼らとともに過ごすようになる。ここで彼は火星人の言葉や習慣を身につけ、また生涯変わらぬ友人タルス・タルカス(後に緑色人皇帝)とも知り合うわけである。
 ある日、カーターは美しい赤色人の女捕虜に出遇う。名前をデジャー・ソリスと言い、ヘリウム帝国の王女だった。いつしかカーターは彼女に恋心を抱くようになり、共謀してサーク族の部落から脱走するが、今度はワフーン族(こちらも緑色人)に囚われ、しかもデジャー・ソリスとも離ればなれになってしまう。しかし、すぐにそこも脱出した力ーターは、ヘリウムと交戦中の都市ゾダンガに立ち寄った。運よくそこでデジャー・ソリスと再会できたものの、彼女はヘリウムの平和のためにゾダンガの王子サブ・サンと婚約してしまっていた。彼女とヘリウムを救うべく飛行船でヘリウムに向かったカーターは、途中サーク族とワフーン族の戦闘に遺遇し、攻撃を受けて墜落。親友タルス・タルカスのために参戦することになり、ワフーン族を撃退する。その結果、サーク族のカを借りることに成功したカーターは彼らとともにゾダンガを襲撃し、見事これを打破してしまう。
 ヘリウムに凱旋したカーターはめでたくデジャー・ソリスと結ばれ、以後9年間平和な日々を送るわけだが…。
 ある日突然、火星の稀薄な大気を是正する大気製造工場に事故が起こり、火星人絶滅の危機が訪れた。寸前のところでその危機を救ったカーターだったが、その瞬間意識を失い、気がつくと、アパッチの襲撃を受けた時に避難した場所、すなわちアリゾナの洞窟に戻っていた……。(第1巻『火星のプリンセス』)
 このあと、永遠の恋人デジャー・ソリスを求めてふたたび火星に飛来したカーターは、邪悪な生と死の女神イサスを粉砕し(第2巻『火星の女神イサス』)、さらに黄色人をも平定する(第3巻『火星の大元帥カーター』)。その功績に対し、「火星の大元帥」という称号がカーターに与えられ、これにて"火星シリーズ”冒頭の3部作にピリオドが打たれるわけである。"火星シリーズ”は言わば"誘拐・救出の恋愛譚(ロマンス)"であり、第4巻以降もヒーローとヒロインこそ遠え、本質的には同じ物語が展開される。しかしそれでいて読者を飽かせないのがバローズのバローズたる所以だろう。
 世間一般には密林(ジャングル)の王者ターザンの創造者、SF外では“火星シリーズ”の作者として名を知られるバローズだが、それ以外にも幾多のシリーズものを手掛けている。しかもそれらのほとんどがSF的作品であるとなれば黙って通り過ぎるわけにはいかない。
 まず一番手に挙げられるのが“地底世界シリーズ”全7巻だろう。主人公のデヴィッド・イネスはアブナー・ペリー老人の開発した地下試掘機に乗りこんだまでは良かったが、舵輪が突如として動かなくなり、地殻を突き抜けて到着したのは地球内部の大空洞、すなわち地底世界「ペルシダー」だった。トカゲのような爬虫類が支配し、時間も方位も存在しない不思議な世界ペルシダーで、恋に冒険に、イネスの大活躍が始まる……。
 “火星シリーズ”と姉妹関係にあるのが“金星シリーズ”である。火星を目指して地球を飛びたった主人公カースン・ネーピアは軌道計算を誤り、金星に不時着してしまう。巨大な樹木が生い茂り、島人が飛びかう神秘の惑星で、ネーピアは縦横無尽に活躍する……。
 もうひとつ、短いながらも忘れてはならないのが“月シリーズ”三部作である。月に住む悪辣なカルカース人と地球人の間の闘争の歴史を描いた一大叙事詩とも言える作品である。
 最後に“時間に忘れられた国”三部作もあげておこう。太古の恐竜世界が現存する南海の孤島キャスパックを舞台に、偶然漂着した人々が大冒険を繰り広げるロスト・ワールド物語である。

作者と作品

 ターザンの作者としてあまりに有名な大衆小説の巨匠エドガー・ライス・バローズ(Edgar Rice Burroughs)は、1875年シカゴに生まれた。36歳になるまで、カウボーイ、鉱夫、鉄道公安官、セールスマンなど職を転々したが、既製の冒険小説に飽き足りなくなって小説を書き始めた。その作品が1912年〈オール・ストーリー〉誌に発表された『火星の月のもとで』(後の『火星のプリンセス』)であり、話題を呼んだ。続いて発表した『類猿人ターザン』で、バローズの作家としての地位は確立する。“ターザン”の大ヒットに気をよくしたバローズは、その後もぞくぞくと流麗なるストーリーテリング溢れるシリーズ作品群を発表し統け、それは、1950年、心臓病で没する寸前まで衰えることはなかった。
 誤解を恐れずに敢えて言うならば、バローズはSF作家ではない。生み出された作品にSF的色彩の濃いのは確かだが、バローズにとって〈SF〉は飽くまで“手段”であり“目的”ではなかった。近代文明を嫌悪し、遙かなる石器時代に憧憬の念を抱いていたバローズが真に描きたかったのは、自己に内在する〈野性回帰願望〉を表出する世界であった。代表作とされる“ターザン”にしても〈野性回帰願望〉の権化の如き作品であるし、『石器時代から来た男』や『五万年前の男』からは、“ターザン”以上の野性の息吹きが伝わってくる。脈々と波打つ〈野性回帰願望〉を基盤として、独自の鮮やかなストーリーテリングの冴えわたる、物語性豊かな冒険世界で活躍する英雄――これこそ、バローズの真骨頂なのである。
 正当に評価して、決してSF作家とは言えないバローズだが、あの時代にあれだけ豊饒なSF的イマジネーションを発散し続けたことは驚異的であり、それだけでもSF界で評価する必要があるだろう。

翻訳書

 小西宏・厚木淳訳「火星」シリーズ、厚木淳訳「地底世界」シリーズ、「金星」シリーズ、「月」シリーズ(いずれも創元推理文庫)。(「地底世界」シリーズ、「月」シリーズは早川文庫にもある)
(この項・高井信)

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