『類猿人ターザン』1船出
ハヤカワ文庫特別版SF『類猿人ターザン』より高橋豊訳
1971.8.31
この物語を私に伝えてくれた人は、もともとそれをだれにも話すつもりがなかったのだが、年代の古いブドウ酒に誘われて、ついしゃべりだしてしまったものらしい。奇怪な物語はその後何日問も語りつづけられ、私自身はその間ずっと半信半疑のまま聞いていた。
陽気な語り手は物語がかなり進んだあたりで、私が半信半疑でいることに気づくと、当初は酒の肴にすぎなかった話の信憑性を立証しようと意地になって、かびの生えた書簡や手記や英国植民省の無味乾燥な公文書などのいろいろな記録を持ちだしてきた。
私はこの物語にしるされたさまざまな出来事を目撃したわけではないので、それが事実であったとはいわない。しかし、私が主要な登場人物について架空の名前を使うことにした事実は、もしかしたらこの物語が真実であるかもしれないという私のひそかな確信を裏書きしていると思う。
ともあれ、遠いむかしに死んだ男の日記のかびくさい色茶けたページや植民省の公文書にしるされた記録は、私の陽気なホストの話とぴったり一致していたので、私はそれらの資料を慎重に検討しながら物語を書きすすめることにした。