ERB評論集 Criticsisms for ERB


厚木淳「グラウスターキャン・ノベル」

創元推理文庫ルータ王国の危機解説より

Jul.1981


 ヨーロッパの王国を舞台に、政治的陰謀をめぐる華麗なロマンスと波潤方丈の冒険を描く小説のことをグラウスターキャン・ノベルという。これはG・B・マカッチョンが1901年に発表した小説「グラウスターク」に由来する言葉で、グラウスタークは舞台となる架空の王国の名前だが、この種の冒険小説の典型を確立したものとしては、その前にアンソニー・ホープの、有名な「ゼンダ城の虜」(1894年)がある。バローズも国王と瓜二つの外国人という着想は「ゼンダ城」から借用しているが、その後の物語のスリル満点の展開はバローズならではのもので、本書は彼のストーリー・テラーとしての真価を遺憾なく発揮した会心作といえるだろう。
 舞台になるルータは(おそらく神聖ローマ帝国以来の)中世的なたたずまいを濃厚に見せるゲルマン系の王国だが、グレーのオープン・カーで颯爽と登場するヤンキー青年によって、時代が20世紀であることを冒頭から読者に印象づけている。この小説ではこうした初期の自動車がかなりの活躍を見せるが、当時の高級車が、スピードの点では現代の新車に比べてさほど遜色のないことを知って一驚するのは訳者だけであろうか? バローズが「ゼンダ城の虜」を意識して本書を執筆したことはあきらかだが、それだけに、亜流呼ばわりを避けるため、新しい趣向をいろいろと盛りこんでいる。自動車もその一つだし、第1部における国王軍と摂政軍の戦闘、第2部におけるルータ軍とオーストリア軍の会戦といった大規模な戦闘場面、短いが、なかなか印象的な活躍を見せる単葉飛行機などは、従来のこの種の小説には見られなかった新機軸である。
 バローズの作品にうかがえる貴族願望のことは「砂漠のプリンス 」の「あとがき」で触れておいたが、本書でも一介の無名のヤンキーが公女(プリンセス)と結ばれ、しかも今回は国王として即位するのである。血統という伏線はあるにしても、日本人の目から見るとあれよ、あれよの感が強いが、アメリカ白人の先祖代々の母国がすぺてヨーロッパにあることを思えば、ヨーロッパに王国があるかぎり、王位につくヤンキーの出現というのは、アメリカ人にとっては捨てがたい、楽しい白昼夢なのかもしれない(現にグレース・ケリーは、この夢を実現してモナコの王妃になりましたな)。この場合、快男児バー二ー・カスターは作著バローズの分身であるわけだが、バローズは自分だけが王様になっては申しわけないと考えたのだろう。妻も同時に王妃にしている。エマ公女の Emma は、彼の愛妻の名前である。

 本書の第1部は1914年にオール・ストーリー誌に、また第2部は1915年にオール・ストーリー・キャバリア誌に発表された。1、2部を合わせて単行本が刊行されたのは1926年である。バローズは本書の1部を書いたあと、2部を書く前に、彼の代表的傑作の一つ「 石器時代から来た男 」を執筆した。その作品の女主人公(ヒロイン)として、十万年の時間と空間を超えて不滅の恋をするのが、本書第2部の冒頭でちらっと顔を見せる、バー二ーの妹、ヴィクトリア・カスターである。

注:この文章は厚木淳氏の許諾を得て転載しているものです。


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