ERB評論集 Criticsisms for ERB


南山 宏「地球がらんどう説の歴史」

秋田書店『地底人間 秘密の怪獣境』解説より

May.,1975


 この物語の舞台は、地球内部にあるがらんどう(空洞)世界という、きわめて奇想天外な設定になっています。
 もちろん、現代の科学では、地球の内部はどこまでも物質がつまっていて、とくに中心部はどろどろにとけた熱い鉄からできている、というのが常識になっています。
 もっともつい最近、ものすごい高圧のもとでは、地球をつくっているおもな成分である石英も金属化する、ということが発見されたので、地球の中心核は鉄じゃなくて石英であろう、という説もありますが、いずれにせよ、中身がつまっていることにかわりはありません。
 でも、そこはこの小説では、主人公の一人であるペリー老人の口をかりて、地球内部がなぜがらんどうになったか、もっともらしく科学的に説明しているところが、見どころの一つです。
 地底深くにもう一つの世界があるという発想は、べつにこの物語の作者バローズがはじめて考えついたものではありません。
 チベットには、かつて地球上にさかえていた文明が地下に没して、アガルタという地下天国をきずきあげ、いまも存在しているという伝説があります。この文明は現在の極地が熱帯だったころ、そこにあったといわれ、これは北欧地方につたわるハイパーボリア(北極楽園)伝説にも、つながりがあるかもしれません。
 じっさい、十九世紀のはじめごろ、この北極にあった穴から、中心太陽の輝く地底の大空洞にさまよいこみ、巨人種族の文明世界で三年間くらしたのち地上へ生還した、というノルウェーの漁師父子オラフ・ヤンセンの奇怪な体験談(?)もあるのです。
 体験談といえば、第二次大戦末期の一九四五年、「わたしは地中深くにすむ、地底人の世界へいってきた!」という、世にもふしぎな体験記が雑誌に発表され、大評判になったことがあります。手記のぬしは、アメリカ人のリチャード・シェイバーという溶接工でした。彼の話によるとその地底世界では、大むかしに地下にもぐった文明人の生きのこりが、いまも善悪二つに分かれて戦いをつづけているのだそうです。
 当時その真偽をめぐって論争があり、いまなお“シェイバー・ミステリー”と呼ばれて、なぞのベールにつつまれています。
 こうした伝説や体験談は、とてもそのままうのみにすることはできませんが、地球がらんどう説が、じつは科学者によっても、まじめにとなえられた時代があるのです。
 最初にいいだしたのは、ハレーすい星の発見者として有名なイギリスの天文学者エドモンド・ハレーで、一六九二年のことです。その説では、<地殻が三重になって、中央に一個の高熱球体(小太陽)が輝いている>ことになっていました。
 その七十九年後に、やはりイギリスの物理・数学者のジョン・レスリーが、<地殻は一重で、中央太陽が二個>という新説を発表しましたが、その後は、科学者からは、がらんどう説がかえりみられなくなります。
 十八世紀にはいると、地球がらんどう説はもっぱらアメリカのしろうと研究家の手にうつり、まずジョン・シムズという陸軍大佐で政治家の男が、<地殻が五重、中央太陽なし、五重の層のどれにも両極付近に巨大な穴があいており、各層はそれぞれちがう速度で回転している>という新説を発表しました。
 南北両極に大穴があいている、というこの着想は、八十年ほどのち、ふたたびウイリアム・リードという研究家によってむしかえされます。
 彼は寒い極地で水の凍らない“不凍の海”や、空に海がうつる“水雲”などの怪現象が起こるのは、地中へ通じる穴から地底の暖流が流れ出てきたり、探検家がそれと知らずに穴の内がわにはいりこんだためだ、と主張したのです。
 十数年後、この説はさらに発展して、マーシャル・ガードナーという研究家の新説にうけつがれました。彼の新説では、厚さ八〇〇マイル(一、三〇〇キロメートル)の地殻が地底の大空洞をおおい、両極に直径一、四〇〇マイル(二、三〇〇キロメートル)の大穴があき、中央に小太陽が輝いています。
 このがらんどう世界には、地表の海が流れこみ、あるいは流れ出ていて、内がわの表面は陸あり海あり原野あり、マンモスなど太古そのままの生物がすんでいる、というのです。
 この作品(原題は『地球の中心にて』)をバローズが雑誌に発表したのは、一九一四年のことですから、おそらくこのリードやガードナーの説を読んで、地底世界ペルシダーを思いついたのにちがいありません。

 この作品の原作者のエドガー・ライス・バローズは、一八七五年、アメリカのシカゴで生まれました。彼ははじめ、父とおなじように軍人をこころざしましたが、はたせず、会計係、鉱山師、鉄道保安官、速記者、セールスマンなどの職業を転々としました。
 しかし、どれも長つづきせず、貧乏からぬけ出すことはできませんでした。一九一一年、三十五歳ではじめて、火星を舞台にしたSF的な幻想冒険小説を書いて雑誌社に送ったところ、これが採用されて、やっと運がひらけたのです。
 そして、ごぞんじジャングルの王者“ターザン・シリーズ”(全二十六巻)で人気が爆発し、流行作家としておしもおされもせぬ地位をかためました。そして、そのあとつづいて発表されたのが、地底世界を舞台にした、この作品『秘密の怪獣境』を第一作とする“ペルシダー・シリーズ”です。
 この“ペルシダー・シリーズ”は、ぜんぶで七冊書かれましたが、そのうち四冊めでは、危機におちいったデビッド青年をたすけるために、なんとあのターザンが北極の大穴から飛行船でペルシダーヘかけつける、という両人気シリーズを合わせたおもしろい設定になっています。
 バローズは一九五〇年に七十五歳で世を去るまで、SF冒険小説、ミステリー、さらに西部小説など長短編合わせて一〇九編もの作品を書き、娯楽文学の分野において、幅広くかつ熱狂的なファンを持つアメリカ一の人気作家となりました。
 そして、その中でもターザン、火星両シリーズと、このぺルシダー・シリーズとが、この大作家の代表的傑作とされています。

Comment

がらんどう説ってなんだ? という以前の問題として、このタイトル、なんなんだよ! という感じ。それはまあ、言ってても始まらないので流すとして、よくあるペルシダー解説、バローズ解説を踏まえた1冊だったか。地球空洞説が初めてなら、興味を持てる内容かも。

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