ERB評論集 Criticsisms for ERB


亀山龍樹「火星のカーターと、密林のターザン」

岩崎書店SFこども図書館『火星の王女』

岩崎書店冒険ファンタジー名作選2『火星のプリンセス』


火星のカーターと、密林のターザン

 みなさんは、密林の王者ターザンをしっていますね。あのターザンが火星にいって、そして、この物語にあるような事件にまきこまれたら、どんなかつやくをするでしょうか。はじめは、なにぶんにも火星のことなので、ジャングルとちがって、いささかあわてることもありましょうが、すぐになれて、きっとカーターと同じく、むねのすくはたらきぶりを見せてくれるにちがいありません。みなさんもそう思うでしょう。
 いや、そうなのですよ。まったくそのとおりです。火星にいったターザンが、このカーターなのですよ。密林の夕ーザンの生みの親が、火星のカーターの生みの親なのですから。といったら、もうおわかりでしょう。ターザンもカーターもアメリカ人のおじさんの同じペンの先きから、この世にあらわれでたのでした。そのおじさんの名は、エドガー・ライス・バローズ。
 1912年のこと、「オール・ストーリー」という雑誌に、ふうがわりな物語が連載されはじめました。「火星の月の下で」という題で、作者はノーマン・ビーンという、だれも知らない人でした。
 二十世紀も後半にはいったいまでこそ、わたしたちは、火星ばかりか、太陽系のかなたまでとびだした世界を舞台にした物語に、よくお目にかかります。けれどもその当時は、読者のどぎもをぬく、とっぴょうしもない思いつきでした。
 ところで、この作者の名についても、おもしろいことがいわれています。ノーマン・ビーンというのは印刷のまちがいで、ほんとうはノーマル・ビーンだったというのです。ノーマル・ビーンには「正気の男」といういみがあります。つまり、この火星の物語は、正気の男がかいたんだよ、とねんをおしているようですね。そして、作者の名がノーマンだったにせよ、ノーマルだったにしろ、それはペン・ネームで、ほんとうの名はエドガー・ライス・バローズでした。
 バローズは、1875年にシカゴで生まれていますから、火星を舞台にしたこの第一作めをだしたときには、もう35をすぎていた、ということになります。そのあいだ、バローズは、帳簿つけや、カウボーイや、鉄道の警察官や、鉱山さがし、薬屋の仕事などをして、どれもうまくいかず、くろうをしていたのでした。
 けれど、カーターを主人公にした火星の冒険物語は、たいへんなひょうばんとなって、バローズは一やく人気作家となりました。バローズは雑誌に火星物語のシリーズを書きつづけて、それはつぎつぎに本になりました。 火星シリーズの第一作の成功に力をえて、バローズは、おなじ1912年の秋に、こんどはアフリカの密林を舞台に、ターザンを主人公にした物語をかき、これも大好評でむかえられました。バローズは、このターザンのシリーズもかきつづけました。
 火星のカーターと、密林のターザンは、こうして生まれました。みなさんが読まれた「火星の王女」は、火星シリーズの第一作で、雑誌にのったときの題は「火星の月の下で」、本になったときの題は「火星の王女」を、しょうかいしたものです。
 火星のカーターと、密林のターザンは、こうして生まれました。みなさんが読まれた「火星のプリンセス」は、火星シリーズの第一作で、雑誌にのったときの題名「火星の月の下で」を改題したものです。

バローズの本は人気もの

 火星シリーズの主人公カーターは、こののち、火星の死者の国や、地底の都を探検したり、まぼろしの軍団とたたかったりします。そののちに、カーターのむすこもかつやくをはじめ、まごむすめまであらわれるほど長くつづきます。バローズはおよそ30年間、火星シリーズを書きつづけ、本は11さつになりました。そのうちの1さつは、ほかの人が編集したものです。
 バローズはこのほか、金星シリーズ、地球の内部の世界のシリーズもかきました。また、西部冒険物語などもあります。アバッチ族や大曾長ジェロニモと討伐隊の物語もあります。――そういえば、バローズは少年時代に、ジェロニモたいじの第七騎兵隊に、年をごまかして入隊しようとしたことがありました。
 バローズは、じぶんのかく物語の主人公のように、たいへんな冒険ずきで、第二次世界大戦がはじまると、そのときは66才でしたが、新聞社の特派員になって戦場へでかけ、爆撃機にものってとびました。バローズは1950年に75才で死にました。
 わたしは1956年ごろ、瀬田貞二さんという先ぱいから、バローズの「アパッチのあくま」という本をおかりして、そのカバーの広告で、バローズの火星シリーズのことをしりました。けれど、なにしろ古い本なので、アメリカの本屋さんに注文しても、ありません。そこで、ニューヨークにいたわたしの親類の、山川俊一君・英二君という、ふたりの少年にたのんで、さがしてもらうことにしました。ふたりの少年は、たいへんくろうして、よその州まででかけていき、ほうぼうの古本屋を走りまわって、半年ほどもかかって、やっと、シリーズのうちの六さつだけを送ってくれました。わたしは、バローズの火星シリーズの古本は、持っている人がたいせつにして、手ばなさず、なかなか買えないということをしらなかったのでした。いまではアメリカでは文庫本がでていますが、厚表紙の古本は、ふたりの少年がさがしてくれたときより、もっとめずらしいものとなり、持っている人はじまんにして、べらぼうな高いねだんになっているそうです。
 このSFシリーズでは、イギリスのオクスフォード大学出版部からでている「火星の王女」が、この長い物語をたくみにまとめているので、それを読みくらべながら、短かくしてしょうかいしました。
 このシリーズでは、イギリスのオクスフォード大学出版部からでている「火星のプリンセス」が、この長い物語をたくみにまとめているので、わたしはそれを読みくらべながら、短かくしてしょうかいしました。

カーターの宇宙航法

 カーターのかつやくする火星は、みなさんがしっている火星とはちがう、という人もあるかもしれません。けれども、これは物語なので、おもしろい空想の世界を、そのままたのしんだらいいと思います。
 十七世紀のなかほどから、地球人が手製の望遠鏡で火星をのぞぎはじめ、十九世紀になると、火星の表面をスケッチする人もでてきました。1877年と79年に、火星が地球に近づいたとき、スキャパレリという学者が、火星の表面に見られるすじを「カナリ」ということばであらわしました。それが英語に訳されるときに「運河」となりました。火星の運河……。空想をしげきすることぱです。火星人がいるのではないか、とか、古代文明の遺跡があるのではないかとか……。火星は、空想をくりひろげるにふさわしい、大きな舞台となりました。
 H・G・ウェルズは、「宇宙戦争」を1898年にかき、サービスという人も「エジソンの火星征服」という、ウェルズの「宇宙戦争」の続篇をかきました。また、ウェルズは「月世界はじめての人」で、地球人を、重力をさえぎる金属でつくった乗物で月にむかわせ、月に上陸させます。その月には空気がありました。もちろん、ウェルズは科学者でもあります。月に空気がないことぐらいはしっています。けれども物語は物語として、たのしい世界をくりひろげました。
 いっぽう、フランスのジュール・ベルヌは、ウェルズよりずっとまえの1865年に、「月世界一周」という物語をかき、乗物は大きな砲弾にしました。ロケットの先祖です。けれどベルヌは、主人公たちを月に着陸させずに、月のまわりをとばせるだけにしました。ベルヌは、じぶんがいったことのない月に、主人公たちを着陸させないほうが、ぶじだと考えたのでしょう。
 ところでバローズのカーターは、重力をさえぎる金属製の乗物も、ロケットの先祖の砲弾もつかわない、まったくのはだかそのもので、地球から火星に移動します。しゃれていったら、テレポート――精神力航法とでもいった方法です。
 いまでは、SFの世界では、宇宙船にもさまざま、くふうをこらしたものができました。光子ロケットどころか、光の速さでもなかなかいきつけない遠い場所へも、宇宙空間をゆがめて、ぽいといきつける、数宇のむずかしい理論をもとにした、スペース・ワープ航法という思いつきも、つかわれるようになりました。
 カーターは、肉体とおなじく、精神力もずばぬけて強い青年ですから、やはり、ほかの人では、おいそれとできなさそうな、そしてかんたんな精神力航法が、にあっているといえましょう。カーターは、頭だってわるくはないのでしょうが、なんといっても、りくつをひねりまわして考えてから行動する人物ではありません。考えるよりさきに、火の玉のようになって、勇気りんりん、むてっぽうに、きけんにとびこんでいく性質です。そのてん、アメリカ開拓時代の西部の勇士――単純そっちょくな青年のおもかげをもっています。
 そこが、カーターの、どくとくのみりょくで、とりわけアメリカの読者から愛されるのも、そういう主人公だからでしょう。いいえ、アメリカだけではなく、わかわかしい力で、思うぞんぶんにかつやくする、健康なあかるさと、作者バローズの、とほうもない空想力が、すべての人をたのしませるのです。

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岩崎書店版『火星の王女』、『火星のプリンセス』の解説です。出版時期は大きく異なりますが、本文はほぼ同じ内容なので、あえて一緒にしました。青字が、新版『火星のプリンセス』に変わって変更になった個所です。書籍名と叢書名だけが異なる、という感じですね。岩崎書店の割り切りぶりには、あらためて感心するしかありません。

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