ERB作品感想文集


『時間に忘れられた国』

創元推理文庫SF『時間に忘れられた国』

by カイ


私は今回プレゼントの企画でいただいた創元の「時間に忘れられた国(全)」の他に、早川SF文庫のキャスパック・シリーズを持っています。そんな私の興味は、もっぱら翻訳文の違いに偏っていたのですが、いざ読み始めると、またしても物語の中に飲み込まれていきました。
太古の生物が、人間界から隔絶された場所で今なお生き続けていると言うお話は、ERBに限らず、それほど珍しい設定ではないのですが、そこは大御所のバローズ。ただの冒険ものでは終わらせていません。

物語は第一次世界大戦のさなか、飛行中隊に志願した主人公の船がドイツのUボートに攻撃されるところから始まる。命からがら救命ボートを手に入れた主人公は、物語のヒロインとなる女性と運命の出会いをし、通りがかりの船に救助される。救助船の乗組員とともに潜水艦を乗っ取ることに成功した喜びもつかの間、思わぬ展開の末に、絶海の孤島キャスパックに漂着してしまう。断崖絶壁で要塞のような島は、海からの上陸を拒み続けた場所だったが、潜水艦によって道は切り開かれる。食料と水を求める主人公達の目の前に広がるキャスパックの世界は・・・太古の巨大爬虫類があふれる驚異の世界だった!

だが、キャスパックには、これらを超越した奇妙な自然の法則が存在していたのだ!

と言うのが、ボウエン・タイラーが主人公となる第一部です。バローズが書いた冒険物語としては、まあまあの出来かな、というのが正直な感想です。これが第二部のビリングズのお話になると、俄然おもしろみが膨らみます。それはアジョールが登場するせいもあるが、第一部で断片的に語られていた、キャスパックの奇妙な進化の形が見えてくるからです。地球上に生息する生命体は、通常多くの世代を経て進化していきます。それがこのキャスパックでは・・・これ以上はネタバレになるので書かないですが、バローズが考え出した驚異のビジョンには、さすがに脱帽です。この独自の進化の形により、人類の文化にも他の地球世界にはない慣習と掟が支配しています。しかし、バローズって、こういう仮想文化の中に生きる人々の描写がうまいですね!
こういう環境だから、ここに生きる人々は、こう考えるに違いない。また、我々が普通と考えていることも、これらの文化で育った人間には思いつかないことだろう。
物語に登場する人間は、男女を問わずに、バローズのこの信条にのっとった行動と発言をします。
第三部は、それまで謎とされていた事柄の、回答編とも言える内容となっていますが、読者の中で出来上がっているキャスパックのイメージを超越した(超越しすぎかな)異文明との出会いが待っています。私だけだと思うが、読み進んでいくうちに、ペルシダーのマハール族を思い出してしまった。
キャスパックは外からも内側からも、高い絶壁で外界から隔絶されています。ここまでは納得するのですが、この第三部に登場する人間は、その絶壁が障害とならない人種。とうぜん、外海を航行する船の存在にも気がついていたはず。生物的にも袋小路に入り込んだ種族なので、外の世界に興味を抱いてもいいはずなのに・・・。そこのところをもっと切り込んでくれていたら・・・物語に奥行きが出ただろうに。読んだ感じでは、ラブクラフト的な怪奇世界で、主人公が逃げ回っているだけに終始しています。

全体が3名の人物による三部作となっていますが、それぞれの主人公が同じような性格のために、読んでいて若干おもしろみに欠けます。主人公の男性は、あくまでも紳士としてヒロインに接するし、原住民の女性と行動をともにする2部3部では、「私がこの汚れた原住民の女を愛するわけがない」と、同じような考えに縛られている。一人ぐらい、荒くれ男が登場しても良かったのではないかと思いました。でもこれは、キャスパックの冒険がつまらないと言うことではありません。読めば必ずやバローズの術中に陥ること確実です。

時間に忘れられた国は、3部構成になっているのですが、後になればなるほど太古の爬虫類は姿を見せなくなっていきます。忘れた頃に翼竜が登場するぐらいで、キャスパックの進化の掟は、爬虫類にも適応しているのかな?と考えてしまいました。そのため、本の中程からはターザンのような雰囲気の中で物語は進んでいきます。太古世界のはずが、ただのジャングルになっていき、登場人物達を襲う猛獣もほ乳類の肉食獣ばかりになる。うーん、せっかく魅力的な世界を築いたのに、これでは惜しい。

今回は早川版と、プレゼントでいただいた創元版の2冊を読み通しましたが、二つの違いは・・・創元の訳は「大人だな」と思いました。早川版に比べて紳士淑女になっている。バローズと言えば武部画伯というのが自分では看板みたいになっていたのですが、早川版の斉藤和明画伯の絵がキャスパックには似合っていると感じました。特に3部目のおどろおどろしい世界を描いた挿し絵は最高!

火星シリーズやペルシダー、そしてターザンも面白いが、この時間に忘れられた国も読んで後悔しない本です。

最後に、すてきなプレゼントの企画を立ててくださった長田さんと、それに賛同して貴重な本を提供してくれた宮崎さんに、心より感謝します。

200年1月24日 カイ


ホームページ | 感想文集