バローズ贋作小説


『ペルシダーに還れ!』


1.群発地震

 今にして思えば、そのときすでにその後の奇想天外な冒険譚の端緒が見えていたのだが、そのときはまだわたし自身、自分ほど冒険というものに向かない人種はいないのだと思いこんでいた。
 わたしはごく平凡な30代半ばの男だ。そろそろ中年太りの兆候がでてきたのか、ここ数年、ズボンのウエストがきつくなってきている。年相応に家族もでき、いまは妻とふたりの子とともに、ローンの残る小さな一軒家に住んでいる。職業は機械エンジニア、といってもサラリーマンだ。仕事にはそれなりに打ち込んできたが、それ以外で夢中になれたものといえば子供のころから好んで読んでいた冒険小説、SF小説などだろう。特にターザンの原作者として知られるエドガー・ライス・バローズが好きで、数年前からはそのホームページもつくるようになっていた。最近では更新作業が日記代わりの日課と言ってもいいほどになっている。
 その日もまたホームページの更新をし終えて、眠りにつこうとしていた午前1時ごろのことだった。突然足もとが大きく左右に揺れた。本棚が小さくゆらぐ音がして、立て付けの悪い組立式のパソコンデスクが不安定にきしむ。ふと見上げると、電灯が大きく振り子運動をしていた。
 地震だろうか? 時間にして数十秒、といったところだろうか。揺れはおさまり、日本の片田舎の海際に立つ小さな一軒家にふたたび静寂がもどってきた。
 先刻までホームページの編集作業をしていたパソコンのほうを振り返って、電源が正常に落ちていたことを確認し、ほっと胸をなでおろす。ハードディスク稼働中にこんな規模の揺れがあったら、たいへんなことになっていただろう。数ヶ月分の小遣いをはたいたパソコンは、何事もなかったように鎮座ましましていた。
 それにしても最近、地震が多いな、と思う。わたしが住んでいる地域は地震が少ないことで知られており、ここ数百年というもの、大きな被害をもたらすような地震にみまわられたことがないといわれている。隣県では戦後しばらくして大地震がおこっているし、県内でもはずれのほうにあたる半島突端の市では10年ほど前に死者も出るような地震災害があったが、そのときでもこの地域は震度3程度だった。生まれてこのかた30年あまり、震度1程度の小さな揺れをのぞけば、地震らしいものを体感したのはこのときと、ここ数日の群発地震くらいのものだ。
 大地震の前触れでなければいいが――。
 同じく地震が少ないといわれた神戸を大地震が襲ったことはまだ記憶に新しい。最近も山陰で大きな地震があったし、三宅島の事態も深刻だ。それがここ数日はわが町に舞台を移してきたようで、震度2、3の揺れが毎日のようにおこっている。
 なんとなく気になって、眠い目をこすりながら1階におりて居間でテレビをつけてみると、やはり地震のテロップが流れていた。
 『震度2 念のため津波にご注意ください……』
 「震度2? 4くらいあったかと思ったけど」
 背後からした声は妻のものだった。揺れに気づいて起きてきたのだろう。ねむそうな表情だったが、目が細まっているのはねむけのせいばかりではないのも間違いないようだった。
 「うん、意外と小さかった。観測所のある地域の地盤が頑丈で揺れにくいのかもしれないな。このあたりの体感は震度4といったところだろうね。……こどもたちは?」
 「寝てる。起きる気配はないわねえ」
 あきれた、というふうに微笑みながら2階の寝室のほうを見やると、妻はそのまま階段をのぼっていった。地震もおさまったことだし、起きていたってしょうがない、ということなのだろう。わたしもテレビを消し、居間の電灯を消すと、妻のあとを追うようにして寝室に向かった。これでもう3日目。地震もなれてしまうと、印象に残りにくくなってくる。実害がないものを気にしていてもしょうがない。今日はもう、寝るとしよう……。

 翌朝、大きな揺れで目を覚ました。
 「地震よっ!」
 妻がヒステリックに叫んでいた。いわれなくてもわかる。大きな縦揺れ。直下型の大規模な地震だ。びっくりして泣き出すこどもたちを引き寄せると、タンスが倒れてきても大丈夫なように部屋の隅にかたまった。ここならば、家が倒壊でもしない限り、とりあえず命は助かるだろう。そう考え、地震がおさまるのを息をこらして待ち続けた。 子供たちの息は荒かったが、驚きのあまりか泣き声にもなってはいない。
 「もう10分くらい揺れてない?」
 妻のおびえたような声は、正確さは欠いていたが疑問としては正しかっただろう。揺れはじめから、もう2、3分にはなるのではないかと思われた。継続した地震としては、いかにも長い。
 「10分は経っていない。揺れかたが変わってきているから、もうすぐおさまるだろう」
 親の会話に少し安心したのか、ささやくように泣きながら、ふたりの子供たちが抱きついてくる。あらためて強く抱き寄せながら、自分自身を含むそこにいる全員に言い聞かせるように、言葉を選んだ。少し気がゆるんだのも事実だった。――言い終わってから、次の激震まで数秒となかった。体が持ち上がるような激しい縦揺れでタンスが踊るように倒れ、同時に大木が折れるような音がして床が傾いだ。少しおくれてこの世のものとも思われぬ爆音がとどろく。妻も子も痛いくらいの力でしがみついてきた。わたしとて生きた心地はしなかったが、家族がいるという責任感だけで正気を保ち続けていたといえるかもしれない。
 ――出し抜けに、揺れがとまり、静寂がやってきた。1分、2分、……5分。余震はない。
 「もう大丈夫だろう」
 確かな根拠はなかったが、今度こそは確信を込めてそういうと、家族の肩をたたいて現実にもどることを促した。じっとしていられる限界点に達していたというのが正直なところだったかもしれない。動き出す前にあたりを見回すと、もう日が昇る時間なのだろう、薄明かりの中に、タンスが倒れ、窓のガラスが軒並みひび割れた光景が目に飛び込んできた。ガラスがワイヤー入りになっていたせいか大きな破片は飛び散ってはいない。海岸地域に義務づけられた条例にこのときばかりは感謝しながら、2人のこどもを両腕にかかえると、妻を促して寝室を出た。かしいだドアをぶち破るようにして開けると、階段を下りて階下に向かった。
 窓の外は思いのほか薄暗かった。霧のようなものに被われているのかと思ったが、よく見ると砂煙のようだった。割れた窓のあいだから、ざらつく砂が吹き込んでいる。上着を見つけて着込むと、とりあえず家をでることにした。爆音がして揺れがとまって以降、余震はないが、油断はできない。大きな揺れがくれば今度こそ家が倒壊しないとも限らないのだ。もはや逃げ出すよりほかにない。早朝だけに、火事などの2次災害も心配だ。玄関扉が開くかどうか心配だったが、玄関まわりは柱が多いせいか、かしいではいなかったようで、なんとか開けることができた。
 「ここで待っていろ」
 玄関前は同時に台風も上陸したかと思えるほどの砂煙で、一寸先も見えぬほどだった。こんな中にでていくわけにはいかないが、この不自然なまでの砂煙の原因について突き止める必要があることを、直感が告げている。ヒントは地震の終わりを告げた爆音だった。――何かが近くで爆発でもしたのかもしれない。
 「砂煙がひどいわりには風は弱いようだ。砂は粒子が粗いから、この砂煙だってそんなに長時間は持たないだろう。ぼくは家の様子が心配だから少し見回ってくる。おまえたちはここでおとなしく待っているんだ」
 言い残すと、不安げにたたずむ家族を残して、外へと踏み出した。砂が家に入らないよう素早く扉を閉めると、目元をかばいながら、足もとしか見えない中を勘だけで歩き出した。よく知った場所だ、目を閉じたままでも迷うことはない。そしてもうひとつ、わたしを導くものがあった。音だ。ゴロゴロといった、ローラーが地をならすような音が遠く海のほうから響いていた。通りを過ぎ、海岸と居住地域とを仕切るフェンスの切れ目をぬけて浜にでると、浜風もあってか視野が少しずつ開けてきた。
 「何だあれは?」
 半瞬をおいて、思わずことばが口をついてでた。薄れゆく砂煙の中、朝日を浴びて輝く、見慣れぬ巨大な金属製の塔。……いや、違う。塔じゃない。よく見るとその先端はうねり、円を描くようにまわっていた。
 「サンドワームみたいだな? いや……」
 一瞬、かつて映画で見た砂から顔を出すミミズのような怪物を連想したが、すぐ直感がそれを否定した。見たことがある――いや、読んだことがある物体だった。全長30m。可動製のある関節で構成され、先端には強力な回転ドリルをそなえた鋼鉄製のシリンダー。
 「鉄モグラか!?」
 わたしの口をついてでたのは、エドガー・ライス・バローズの書いた小説に登場した、地殻掘削機の呼称だった。

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