バローズ贋作小説


『ペルシダーに還れ!』


5.翼竜退治




 「マ、マハールじゃないか? かれらは追い払われたはずでは――」
 「だからいったでしょう。ここはペルシダー帝国の支配は及ばない地域なのよ」
 わたしは思わず唾をのみ、眼前に繰り広げられるマハール族の人間狩りのようすを凝視していた。
 マハール族は地上では約1億年前に栄え、その後絶滅した恐竜の一種である翼竜ランフォリンクスが進化を遂げた姿である。その細長い頭と大きな丸い目を持った体長2メートルを越す巨大な爬虫類は、絶滅をまぬがれた結果、高い知能とそれを上回る凶暴さを身につけていた。全能のマハール族として猿人サゴス族を手先にペルシダー全土を支配し、あろうことかその主食はギラク――すなわち人間なのである。かれらははたして人間に知性があるのかどうかさえ疑問視しているのだという。すくなくともエドガー・ライス・バローズの著作に描写されるかれらの正体は、そういうことになっている。
 「戦おう」わたしはこぶしを握りしめて、眼前の敵に戦意を示した。「同じ人間が爬虫類に襲われているのを黙って見過ごすわけにはいかない。やつらを追い払うんだ」
 「言葉が正確ではないわね。かれらは同じ人間ではないわ。あなたを襲ったペルシダー人種族、カルヴィ族よ。戦うとすれば両方が相手だし、敵の敵は味方だというならマハール族こそがあなたの味方というべきね。かれらはあなたを襲ってはいないのだから」
 わたしはむっとして〈美女サトコ〉を見やった。にらんだ、というのが正解かも知れない。純粋な正義感から出た言葉をからかわれたような気がしたのだ。
 「そうね。ここは、いっそ、逃げちゃった方が得策かも。あれだけの人数に囲まれていたら、それもできたかどうかわからなかったんだもの。騒ぎに乗じて逃げだすってのは、いい手よね」
 「いや、ぼくは戦う。その相手はあの醜悪な爬虫類だ」
 〈美貌のさとこ〉の態度がわたしを決断させた。わたしは意地っ張りな性格なのだ。反対者が多いほうが、燃えるというものだ。
 「でも……悪いけど、あなた、あまり強そうに見えないんだけど」
 つづく〈美貌のさとこ〉の言葉は〈美女サトコ〉に負けず劣らず辛辣だった。
 それは、わたしも認めないわけではない。自慢じゃないが、およそ争いごとは苦手なのだ。それに、就寝中を起こされた状態のまま着の身着のままで出てきたから、そのときのわたしの姿といえば寝間着がわりのスウェットスーツにジャケットを引っかけただけという軽装で、とても臨戦態勢には見えなかったことだろう。だが、わたしとしては、勝算を持っての言葉だった。鉄モグラの操縦席の側壁の内側には、銃器がぶら下がっていた。サゴスを倒した拳銃のほかに、あきらかに射程の長いライフルのようなものもある。
 「そんなものがかれらに通用するかしら?」
 「武器はこれだけじゃない」成功したかどうかはわからないが、わたしは目一杯、不敵な笑顔を作って見せた。「君たちはこの中で待っていればいいさ」
 地上でのサゴスとの戦い以降、持ち続けていた疑問は、先刻の鉄モグラの外でのカルヴィ族との小競り合いで確信に近いものになっていた。この実体を持たぬ武器は、わたしの推測どおりなら非常に強力な武器であるはずだった。
 ふう、と一息つくと、わたしはリング状のハッチを開け、そのまま鉄モグラの外に出た。ライフルをかまえると、いままさにカルヴィ族のひとりを捕らえて飛び立とうとするシプダールに照準をあわせる。本格的に銃器を手にしたことなどなかったが、鉄モグラ内でサゴスを相手に実戦を経験していたからか意外なほどに緊張はなかった。
 思わず耳を手でふさぎたくなるような轟音がして、半瞬後、シプダールの大きな翼に着弾があった。巨大爬虫類はバネが弾けるような動きのあと、巨体の大半を占める大きな翼を闇雲に動かしていた。人間を足のツメで捕らえていたので、万が一のことがあってはいけないと思い、頭に照準を合わせたつもりだったが、初めて手にしたライフルなのだ、あたっただけでも良しとすべきだろう。
 シプダールはマハール族の残忍な番犬とでもいうべき存在である。全長10メートルを超える巨竜だが、そのコウモリを思わせる翼を広げた幅も同じくらいある。大きく裂けた顎には鋭く長い牙がならび、足には恐ろしいツメをそなえている。地上ではとっくの昔に絶滅したプテロダクテイルが、マハールとは別の方向に進化した姿といえるかもしれない。
 巨大な足のツメから哀れな被害者が解放されたのを確認すると、わたしはふたたびその巨体に狙いを定めた。もう遠慮はいらない。狙いやすい体の真ん中に鉛の弾丸が吸い込まれ、甲高い奇声が谷に響いた。あきらかな致命傷を負い、巨竜は地面の上をのたうちはじめた。
 2発続いた銃声に、さすがの爬虫類どもも注意を引かれたようだった。既に人間を捕らえて押さえつけていた1匹をのぞく残り3匹のシプダールと遠巻きに愛犬の狩猟を見守っていた5匹のマハールはいっせいにあたふたと飛び上がり、鉄モグラ周辺を騒々しく周回しはじめていた。
 わたしはもうひとりの被害者を救うべく、ただ一匹地上に残ったシプダールに狙いをあわせた。そいつも飛び上がりたかったようだったが、その被害者が意外としぶとかったようで、恐ろしいツメに捕まれて血まみれになりながらもなにか棒のようなものを振り回して抵抗し、シプダールにいくらかの手傷をさえ負わせていたようだった。その腕を飾る腕輪がきらきらと光を反射している。先ほどわたしを襲わせたカルヴィ族の士官だ。その装飾品の輝きと指揮を執るために目立つ場所にいたために真っ先に餌食になったのだろう。だが、勇敢な男には違いないようだった。
 30メートルほどの距離があっただろうか。わたしの銃弾はみごとシプダールを撃ち抜いたが、薄い翼に銃創を与えただけだったために致命傷にはほど遠く、逆にその怪物を怒らせる結果になった。巨竜は獲物を取り落とすと、血の滴る翼を大きく羽ばたかせ、凶悪なツメをわたしのほうに向けて低空を滑空してきた。
 恐怖を感じなかったといえばうそになる。だが、そのときのわたしは意外なほどに冷静だった。この攻撃は避けられる、という確信が、わたしの気持ちを支えていた。わたしは今度はあえてライフルの引き金は引かず、しばらくそのままで敵を引きつけると、全力で横に駆けだした。
 巨竜の奇声に衝突の轟音が重なった。足を止めて振り返ると、鉄モグラにぶつかって脳震盪を起こして腹を上に横たわる巨体を確認し、続いて周囲を見渡した。わたしのすぐ横に、カルヴィ族が投げた原始的な石槍が2本認められた。偶然ではない。これを目指して、わたしは走ったのだ。その2本を手に巨竜のもとに引き返したわたしは、頭と心臓付近にその槍を撃ち込んだ。
 醜悪な怪物は巨大な牙をむいて断末魔の叫びを上げると、しばらくけいれんのような動きを繰り返していた。爬虫類だからすぐには死なないかも知れないが、時間の問題だろう。わたしはほっとした思いで額の汗を拭った。
 そのとき、背後で奇声が響いた。しまった、敵は1匹ではなかった。振り向くまでもなく、巨大なツメがわたしの体を締め上げていた。


つづく



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