ERB評論集 Criticsisms for ERB


野田昌宏『火星のプリンセス
火星の戦国時代に、
元騎兵大尉が飛びこんで大活躍。』

早川書房刊『SFを極めろ!この50冊』収録


 君がロス・アンジェルスからサン・フランシスコを目指し、ハイウェイ101を車かバスで北に向かうと、間もなく“ターザナ”という町の標識に気がつくはずである。ロードマップにも載っている。
 ターザナ、ひょっとして……。
 そうなンであります。あの密林の王者ターザンなのであります。
 『ターザン』の著者E・R・バローズが著作や映画から入る莫大な印税収入をもとに隠居所として広大な地所を買い、そこに町を作ってターザナと名づけた。
 さまざまな職を転々としてうだつの上がらぬ人生を送っていたE・R・バローズが、たまたま新聞の運載小説のくだらなさに“発奮し”てペンを執ったのがこの『火星のプリンセス』。さらに翌年発表したターザン・シリーズの第1作『類猿人ターザン』でE・R・バローズの名は不動のものとなった。
 広人な牧場を中心とするこのターザナという町は、そんなアメリカン・ドリームの具現なのである。
 火星シリーズはこんな具合に始まる。
 時は南北戦争終結後間もないアメリカ……。
 南軍のジョン・カーター大尉は当然ながらその地位を失い、探鉱者としてアリゾナの荒野を友人と共にさまよううち、インディアンに襲われて友人は殺害され、なんとか洞窟へ逃げのびた彼も入り口をインディアンに塞がれてもう絶体絶命。岩場の隙間から見える眩い星空、ひときわ赤く輝く火星に思いを馳せはするものの……。
 そんな“絶体絶命”という追い詰められた状況が、ジョン・カーターに“火事場の馬鹿力的”超能力を発揮させたのだろう。はっと気がつくと、彼の体は火星にテレポートされていた……。
 火星の荒野で、たちまち彼は火星人と対決する破目となる。
 緑色人と呼ばれるこの火星人は身長3メートル、腕は左右2本ずつ、それがやはり身長3メートル以上あって脚が8本ある火星馬にまたがり、12メートルもある槍をぶン回す。
 危険を感じとっさに飛び上がったジョン・カーターは仰天した。
 低い火星重力のために自分の体が10メートルも一気に跳ね上がったのである!
 これには火星人も仰天し、なによりも、ジョン・カーターに敵意のないのを見て取った親分株の大男タルス・タルカスは彼を白分たちの村へ迎え入れる。
 そして最後まで消える事ないこの二人の友情を縦糸として、痛快な冒険が火星に展開されるのである。
 火星人は卵生である。もともと寿命は千年近くあるのだが、この天寿を全うする者は少ない。
 病死は1000人に1人程度だが、あとは若いうちに何か荒っぽい真似をして命を落としてしまうという世界なのである。幼児の死亡率が高いのは火星人の嬰児を常食にしている“白ゴリラ”が生息しているためである……!
 槍と刀で雌雄を決する野蛮な火星人だが、飛び道具類もなかなかのもので、ラジウム弾と高性能照準器っきのライフルなどは有効射程が200マイルもあるという。
 戦闘飛行船もある。
 火星人が数十人も乗り込んだ飛行船が何隻も空中で体当たりを敢行し、敵船へ乗り移り、渡り合い、火を放ち……というシーンを描く武部本一郎の鮮烈なイラストを掲載した邦訳本は日本のみならず、むしろアメリカで燥発的な反響を呼んだ。
 この凄絶な空中戦闘の際にタルス・タルカスとともにジョン・カーターが救出したのは、赤色人と呼ばれる人間そっくりの火星人の美女、これがほかならぬ火星のプリンセス、デジャー・ソリス、のちにジョン・カーターと恋に落ち、結婚し、この時点でジョン・カーターは火星王朝の大元帥となるわけである。
 バタ臭くなく、さりとて東洋的でもない……という武部本一郎の描く火星世界のデザイン・コンセプトは本当に素暗らしいもので、明るい原色を多用した空間がまたアメリカ好みときているし、なによりもそしてその女性像……。
 そもそもバローズの女性観は、今日も変わらぬ“アメリカ女のイメージ”に対するアンチテーゼなのだ。すべて貞淑で我慢強くセクシーで……。
 そこを見事についたのが武部イラストというわけで、火星のプリンセスをはじめとする“火星女”の妖艶な姿態に棲むのは、まさに“大和撫子”のたおやかさと健気さなのである。
 火星では、不足気味の酸素を人工的に供給する工場があるのだが、ある日、これが重大な故障を起こしてしまう、火星壊滅の危機を救うために敢然と現場に乗り込んだジョン・カーターは、絶体絶命のピンチのなかでまたもやテレポーテーションで地球に戻ってしまう。これが第一巻の結末だが十年後にまたもや火星ヘジョン・カーターがテレポートされた火星では、怪物に追い詰められ絶体絶命のピンチにおちいった盟友タルス・タルカス……というわけで再び火星に繰り広げられる壮大で奇想天外の大冒険……。
 シリーズ全11巻に君は退屈はしないはずである。

この本もおもしろい!

火星シリーズ エドガー・ライス・バローズ/厚木淳訳
『火星の女神イサス』『火星の大元帥力ーター』『火星の幻兵団』『火星のチェス人間』『火星の交換頭脳』『火塁の秘密兵器』『火星の透明人間』『火星の合成人間』『火星の古代帝国』『火星の巨人ジョーグ』創元SF文庫


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