ERB評論集 Criticsisms for ERB


厚木淳「英雄の再登場」

創元推理文庫火星の透明人間解説より

Sep.1967


 火星シリーズも巻を追って、本書はその8冊目に当たる。われらが英雄ジョン・カーターは、シリーズ冒頭の三部作で大活躍を見せ、その間に不滅の恋人デジャー・ソリスと結ばれ、邪神イサスを粉砕し、火星の大元帥に推輓されるというめざましい業績を残して一応、退場した。各巻のヒーローとヒロインをまとめてみると、つぎのようになる。

第1

地球人ジョン・カーター
ヘリウムのデジャー・ソリス

第4巻

ヘリウムのカーソリス(カーターの息子)
プタースのスビア

第5巻

ガソールのガハン
ヘリウムのターラ(カーターの娘)

第6巻

地球人ユリシーズ・パクストン
デュホールのヴァラ・ディア

第7巻

ハストールのハドロン
トジャナスのタヴィア


 第4巻以降のヒーローは、人種や名前こそ違うがジョン・カーター生き写しの分身ともいうべき快男子ぞろいで、相手役のヒロインも、これまたデジャー・ソリスと妍をきそう美女ぞろいである。そのほかに緑色人皇帝、豪勇無双のタルス・タルカスとカーターの愛犬ウーラ(1〜3巻)、ロサールの幻の弓兵隊司令官力ール・コマック(4巻)、バントゥームの無胴体人間ゲーク(5巻)などは、特に印象に残る名脇役であった。しかし、なんといってもジョン・カーターその人の魅力は唯一無二のものである。カーターがこれ以上、顔を見せないことは、当時のアメリカの読者が、――そしてまた現代の日本の読者が――承知しなかった。読者の要望に応えて、ということばがあるが、この場合こそ、まさにそれであろう――第8巻においてカーターはデジャー・ソリスとともに楓爽と再登場した。作者バローズとしては4巻以降は新しいヒーローを登場させることによって新しいロマンスを実らせるという、アドベンチュア・ロマンスの定石を使ってきたのだが、カーターの再登場により、本巻での冒険はカーターに、恋はジャット・オールにと二分した形でハピー・エンドを迎えている。この形式は次 回の9巻でも踏襲され、新しいヒーローと、大元帥カーター、そして、もう一人の火星の大科学者ラス・サヴァスの三人が、合成人問の王国を相手に奮闘する。「火星シリーズ」全巻中でも一、二を争う白眉編であろう。

 1920年代から1930年代にかけての「火星シリーズ」を軸とするE・R・Bの人気と、それにつれて多くの贋作、亜流が輩出した事情については「金星シリーズ第1巻の「解説」でも、ちよっと触れておいたが、「火星シリーズ」のジョン・カーターとデジャー・ソリスをパロディ化した諷刺の珠玉編があることを、ここでご紹介しておこう。本文庫既刊のフレドリック・ブラウン編「SFカーニバル」所載のクライブ・ジャクスン「ヴァーニスの剣士」がそれである。4頁足らずのSFショート・ショートだが、「火星シリーズ」の読者なら、読み終わって思わず若笑を洩らされるのではあるまいか?

 なお本書の訳題「火星の透明人間」は、むろん正しくは「火星の(月サリアの)透明人間」の意味である。訳題の統一の点からサリアを省略したことをお断わりしておく。

注:この文章は厚木淳氏の許諾を得て転載しているものです。


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