ERB評論集 Criticsisms for ERB


森優「史上最大最高の冒険ヒーロー」

ハヤカワ文庫特別版SF類猿人ターザン解説より

Aug.,1971


 冒険小説――それはいうまでもなく、文学上の一ジャンルだがよく考えてみると、これほど曖昧で定義の難しい文学上の分類もないだろう。
 その源流をたどれば、遠く古代ギリシャの英雄叙事詩『オデッセイ』や北欧のサーガ、ドイツのジークフリート伝説にまでさかのぼれるし、少しくだって中世の騎士道物語『トリスタンとイゾルテ』などから、デフォーの『ロビンソン・クルーソー』、スイフトの『ガリヴァー旅行記』、デュマの『三銃士』、オルツイの『紅はこべ』、クーパーの『モヒカン族の最後』にいたるまで、みな冒険小説的要素を多分にふくんでいる。
 現代にあっては、推理小説やSFとも切っても切れぬ関係にあるから、なおさらその厳密な定義は困難である。なかでも、スパイものやスペース・オペラと呼ばれるたぐいは、ほとんど冒険小説と呼んでもおかしくない。
 しかし、このようなハバの広さにもかかわらず、冒険小説といわれるものには、少なくとも「多種多様な冒険、事件のすばやい展開、並外れた興味性」の3つを共通の特長とする、とはいえよう。
 そして、この特長のすべてにわたって、世界の小説史上もっとも抜きんでたもののひとつとして、エドガー・ライス・バローズのペンが生みだした数々の幻想的な冒険ロマン――なかんずくこの< ターザン・シリーズ >をあげることができる。
 バローズといえば、わが国ではもっぱら、英雄ジョン・カーターの< 火星シリーズ >あるいは快男児デヴィッド・イネスの< 地底世界シリーズ >の作者として、SF作家で通っている。もちろん、アメリカのSF界の揺籃期に彼の果たした役割はきわめて大きいし、その後のSFへの影響もまた看過することはできない。もし<火星シリーズ>しか書かなかったとしても、彼の名はSF作家として、まちがいなく史上に大きくとどめられたことだろう。
 だが、バローズの名を今日あらしめたのは、ジョン・カーターやデヴィッド・イネスではなく、やはりなんといっても野生の英雄“ターザン”の創造者だという事実である。この一代の冒険児を誕生させたことで、彼は世界冒険小説史上最大の巨人として不滅の栄光に輝くことを約束されたのだ。
 世に冒険ヒーローの数ある中で、ターザンほど国境を越えて広く知られ、親しまれている英雄はほかにいない。たとえバローズの名は知らなくとも、ターザンといえば、どこの国の幼児でも知っている。もちろん、この人気は、ターザンが映画やマンガやテレビ映画として世界のすみずみにまで行き渡ったことに、負うところが大きいだろう。
 しかし、原作としての小説も、1910年代初期に登場以来わずか40年間で、じつに31カ国語に翻訳され、58カ国の人々に愛読され、(その中にはなんと革命後のソ連も含まれている!)、いまふたたび、本国アメリカはむろんのこと、英・仏・独・オーストラリア・カナダなど世界の主要国で第2次ターザン小説ブームをきたしていることを知れば、その人気のけた外れの高さがおわかりいただけるだろう。ちなみに、この第2次ブームのはじまった1962年以後1年間で、アメリカだけで約1000万部を売り切ったと、ライフ誌の文芸欄は伝えている。
 それにしても、なぜこれほどまでターザンが民衆に愛され続けているのか。その理由の最たるものは、主人公のきわめて強烈で個性的な魅力、この一語につきる。
 ここでお断りしておかなければならぬことがひとつある。それは原作に描かれているターザンとその世界は劇場用映画、マンガ、テレビ映画などで描かれているそれとは著しく異なる、という事実である。映像や画像のターザンは、密林に君臨する正義の味方、文明悪に対する自然の保護者、心やさしい動物の友として登場する。類人猿に育てられたターザンは、動物の言葉はわかるが、人間語は「おれ、ターザン。おまえ、ジェーン」式の片言しか話せないことになっている。映画をご覧になっているみなさんは、数あるターザン役者中もっとも成功したといわれる、例のジョニー・ワイズミューラーのイメージを思い浮かべていただきたい。
 ところが原作におけるターザンはだいぶ性格が違うのだ。もっとも大きな相違点として目につくのは第一に、自分を育ててくれた類人猿(というより猿人?)の仲間からもはみ出た、ジャングルと文明世界いずれにも属さぬ、徹底した他者不信、文明不信の孤独な存在として描かれていること、そして第二に、独特の暴力と殺しの哲学にのっとって、多くの場合欲望や感情のおもむくままに敵を倒す非情な闘争者として描かれていることである。
 だから、1918年はじめてターザンが映画化されたとき、自分の描いたイメージとまったく異なるターザンをスクリーン上に見出して、バローズはひどく落胆した、というエピソードも伝えられている。なにしろことばの点ひとつ取り上げても、原作のターザンは片言どころか、英独仏からアラビア語までまたたくうちにマスターしてしまう語学の天才として描かれているのだ。
 いずれにせよ、文学的評価は別として、娯楽文学としての冒険小説に絶対不可欠の要素として要求されるのは、先述の三特長に加えて、この強烈無比な魅力を持つ主人公の存在である。その意味で、オリジナルのターザンは、説教調でありきたりの勧善懲悪的な内容から脱した、大衆文学としてはまさに破天荒のヒーローとして圧倒的な人気を博した。そしてその現代における驚異的な復活も、上に概括的に触れたオリジナル・ターザンの性格づけに、きわめて現代人にアピールする要素が見いだせるからには、まったく当然ということができるだろう。
 このような性格の主人公をバローズがなぜ創造するにいたったか。これもまたひとつの興味深い問題で、彼が小説を書き出すまでの経緯を伝記を手がかりに調べていくと、いろいろおもしろい事実にぶつかるが、その分析はのちにゆずるとして、ここではとりあえず作者バロウズの簡単な略歴を記しておく。
 エドガー・ライス・バロウズは、1875年9月1日、シカゴで、旧北軍の大尉だった工場経営者を父に、4人兄弟の末子として生まれた。軍人かたぎの厳格な父の命により職業軍人の道をこころざしたが、軍人養成学校を中途で退学、ウェスト・ポイント陸軍士官学校の入学にも失敗してあきらめ、父の会社の事務員、騎兵隊員、会計係などをやり、1900年25歳で10年越しの恋人と結婚。だが、生活は安定せず、さらに鉱山師、鉄道保安官、速記屋、カウボーイ、セールスマンなどを転々とし、広告代理店などの事業にも手を出したが、どれも長くは続かなかった。
 やがて子供も産まれ、ますます生計の苦しくなったバローズは、窮余の一策として1911年、35歳にしてはじめて、『火星の月の下で』 Under The Moon of Mars という長編を書き上げ、当時の読み物雑誌オール・ストーリイ誌の編集部に送ってみた。これが幸運にも編集長トマス・N・メトカーフの目にとまり、同誌の翌 1912年2月号から6回連載の形で掲載された。
 この処女作こそ、のちに <火星シリーズ> 全12話の発端篇として、 『火星の王女デジャー・ソリス』Dejar Thoris,Princess of Mars と改題のうえ刊行された、記念すべき作品である。
 バローズの作家としての成功は、これに勢いを得て書き下ろした第2作 『類猿人ターザン』 Tarzan of the Apes によって、完全に決定的となった。これが本書である。以後この ターザン は、1944年まで32年間にわたって書き続けられ、バローズ最大最高の人気シリーズとして全26巻にも達することになる。
 もちろん、1918年の『類縁人ターザン』(エルモ・リンカーン主演)を皮切りに、映画、コミック、ラジオ、テレビとあらゆるマスメディア上で今日に至るまでもてはやされていることは、いうまでもない。
 しかし、小説家としての大成功とは逆に家庭的にはあまり恵まれず、1935年には、かつて十年ごしの求愛のすえに結婚したエマとも別れ、ニ番目の妻とも1941年にまた離婚と不幸な女性歴をくりかえした。
 1917年にカリフォルニアのサンフェルナンド谷に土地を買って、豪邸を建て、ランチョ・ターザナと名づけて住みついたが、のちにこの辺一帯はこの偉大な住人を称えて正式にターザナと命名される。1939年ごろからたびたびハワイを訪れて、そこで過すことが多くなり、真珠湾奇襲のさいも目撃者として居合わせ、士地の新聞にさかんに寄稿した。のち、従軍記者として第二次大戦に参加したが、そのためにもともと持病だった心臓病が悪化、1950年3月19日、鼓動がとまってその生涯を閉じた。享年75。まさに一世を風靡した大衆文学界の巨人にふさわしい大往生であった。
 バロウズの遣した作品は、単行本として出版されたものだけで70冊近くあり、とてもここに全記する余裕がないので、ここでは〈タ―ザン・シリーズ〉全26巻のリストを付しておく。年代は単行本発行年度(カッコ内は雑誌発表年度)。なお、*印をつけたものは、第一期刊行分として予定する作品である。本来は原書の発行順に出版していくのが筋道だが、なにぶんにも長期にわたる刊行なので、できる限り早い時点で、本シリーズの性格やストーリイの歴史的変化をつかんでいただこうという編集上の配慮から、このような形をとった。むろん第一期が完了しだい、第二期として残りの十三冊(『地底世界のターザン』は、すでにハヤカワSF文庫中のペルシダー・シリーズ第四巻として収録ずみなので除外する)の刊行を開始する。

  1. *Tarzan of the Apes,1914
    「類猿人ターザン」ハヤカワ文庫特別版SF101/高橋豊:訳/武部本一郎:画
  2. *The Return of Tarzan,1915
    「ターザンの復讐」ハヤカワ文庫特別版SF102/高橋豊:訳/武部本一郎:画
  3. The Beasts of Tarzan,1916
    「ターザンの凱歌」ハヤカワ文庫特別版SF103/高橋豊:訳/武部本一郎:画
  4. The Son of Tarzan,1917
    「ターザンの逆襲」ハヤカワ文庫特別版SF104/長谷川甲二:訳/加藤直之:画
  5. *Tarzan and the Jewels of Opar,1918
    「ターザンとアトランティスの秘宝」ハヤカワ文庫特別版SF105/高橋豊:訳/武部本一郎:画
  6. Jungle Tales of Tarzan,1919
    「ターザンの密林物語」ハヤカワ文庫特別版SF106 /高橋豊:訳/武部本一郎:画
  7. *Tarzan the Untamed,1920
    「野獣王ターザン」ハヤカワ文庫特別版SF107/高橋豊:訳/武部本一郎:画
  8. *Tarzan the Terrible,1921
    「恐怖王ターザン」ハヤカワ文庫特別版SF108/高橋豊:訳/武部本一郎:画
  9. *Tarzan and the Golden Lion,1923
    「ターザンと黄金の獅子」ハヤカワ文庫特別版SF109/高橋豊:訳/武部本一郎:画
  10. *Tarzan and the Ant Men,1924
    「ターザンと蟻人間」ハヤカワ文庫特別版SF110 /高橋豊:訳/武部本一郎:画
  11. The Tarzan Twins,1927
    「ターザンの双生児」ハヤカワ文庫特別版SF111/高橋豊:訳/武部本一郎:画
  12. Tarzan, Load of the Jungle,1928
    「密林の王者ターザン」(未訳・仮題)
  13. *Tarzan and the Lost Empire,1929
    「ターザンと失われた帝国」ハヤカワ文庫特別版SF113/高橋豊:訳/武部本一郎:画
  14. Tarzan at the Earth's Core,1930
    「地底世界のターザン」ハヤカワ文庫SF25/佐藤高子:訳/柳柊二:画
  15. Tarzan the Invincible,1931
    「無敵王ターザン」ハヤカワ文庫特別版SF115/高橋豊:訳/武部本一郎:画
  16. Tarzan Triumphant,1932
    「ターザンと呪われた密林」ハヤカワ文庫特別版SF125 /長谷川甲二:訳/加藤直之:画
  17. *Tarzan and the City of Gold,1933
    「ターザンと黄金都市」ハヤカワ文庫特別版SF117/矢野徹:訳/武部本一郎:画
  18. *Tarzan and the Lion Man,1934
    「ターザンとライオン・マン」ハヤカワ文庫特別版SF118/矢野徹:訳/武部本一郎:画
  19. Tarzan and the Leopard Men,1935
    「ターザンと豹人間」ハヤカワ文庫特別版SF119 /長谷川甲二:訳/加藤直之:画
  20. Tarzan and the Tarzan Twins with Jad-bal-ja the Golden Lion,1936
    「ターザンの双生児」ハヤカワ文庫特別版SF111/高橋豊:訳/武部本一郎:画 (11と合本)
  21. *Tarzan's Quest,1936
    「ターザンの追跡」(未訳・仮題)
  22. *Tarzan and the Forbidden City,1938
    「ターザンと禁じられた都」ハヤカワ文庫特別版SF121/矢野徹:訳/武部本一郎:画
  23. Tarzan the Magnificent,1939
    「ターザンと女戦士」ハヤカワ文庫特別版SF122 /長谷川甲二:訳/武部本一郎:画
  24. Tarzan and "the Foreign Legion",1947
    「ターザンと外人部隊」(未訳・仮題)
  25. Tarzan and the Madman,1964
    「ターザンと狂人」ハヤカワ文庫特別版SF124/矢野徹:訳/武部本一郎:画
  26. Tarzan and the Castaways,1965
    「勝利者ターザン」ハヤカワ文庫特別版SF116 /長谷川甲二:訳/武部本一郎:画

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